見極めなければならない時が来たのかもしれない。
自分に人として生きる価値があるのか、物言わぬ道具であるべきなのか…


幸福論−4





平隊士と総司の間が噂されるようになってから、歳三の表情は常に曇ったままだった。
それが余計に事をこじらせるのだと分かってはいるものの、夜毎に遊びに耽り、
憂さ晴らしに女を抱いては、その肌の感触と声が欲するものと違う事に落胆を深める日々。

欲しいのは、白粉まみれの妖艶な女じゃない。
吸い込まれそうな程、純粋な瞳の持ち主。

求めるものは1つだけと分かっている筈なのに…
その天上に住まう様な佳人を地に引きずり落としてしまった事に、かつてない負い目と、
彼を失う事への恐怖を感じて、行動に移せずにいるのだった。

―思うように行動させてやることが、奪った時間への償いとなる気がして。





総司が土方の部屋を私用で訪れなくなって大分経つが、幹部の会議などの折に見せる総司の態度は、
かつてと変わらぬものだった。うまく土方の意を汲んで伝え、時にはからかったり。
元より、試衛館の面々以外での前では、その関係を匂わせる様な素振りを見せなかった二人のことだ。
一緒にいないというだけで、その他になんら変わった様子は見せなかった。

当事者である土方が動きを見せぬうちに業を煮やしたのは、周囲だ。
永倉は、ある日総司を捕まえて部屋に連れ込んだ。そこには、原田の姿もある。

「どうしたんです、永倉さん?原田さんまで…」
「いいから、ちょっと座りなよ」
いつになく真面目な剣幕の永倉に、外に遊びに出ようとしていた総司も大人しく腰を下ろした。
生温い風が障子の隙間から抜け、肌を撫でていく。

「一体、どういうつもり?」
「どう、とは?」
単刀直入に切り出した永倉の問いに、総司ははぐらかすでもなく、本当に分からぬ風に首を傾げる。
負い目も罪悪感のかけらもない、子供の様な姿に苛立った原田が言葉をかける。
「本当に分かんねぇのか?あの新入りとのことだよ!」
その言葉に、総司はただ「あぁ…」と呟いた。

「土方さんの浮気に対抗してるつもりなんだろうけどさ、ちょっとまずいんじゃねぇの?」
「…土方さんが女の人と遊んだところで、私は何とも思いませんよ?」
それがあの人の性でしょう、と言いながら総司は綺麗に笑んでみせ、
その態度に永倉はわざとらしく溜め息をついた。

「そうかもしれないけど…それで憂さ晴らしが出来てないって事くらい、分かってるよね?」
「…えぇ…まぁ」
総司はばつが悪そうに顔を逸らし、呟く様に答えを落とす。
流石に、原因は自分にあると分かってはいるのだ。

「土方さんとの間に何があったのか知らないけど、あの新入りとは本気なわけ?」
「本気…?」
「惚れられて、相手してるんだろ?」
「相手って…ただ、一緒に甘味を食べに行ったり、物見遊山しているだけですけど…」

「それは十分相手をしてるよ。多分そのうち…それじゃ済まなくなる…」
「……」
その言葉に、確かに自分は彼の相手をしているのだと、今更ながら自覚し始めた。

実のところ、近頃、彼はしきりに身体の関係を求めてくる。
出掛けたい時に出掛けて、ちょっとした事でも相談を受けて、話し合ったり励ましたり…
そんなささやかな、何も特別な事のない生活に、今まで知らなかった『幸せの形』を
見出そうとしていた総司にとって、それはひどく意外なものに思えた。

…もしかしたら、土方との間では日常とも言えたその行為は恋だとか幸せだとかいうものとは、
無関係で異質なものであるかの様に、自分自身に言い聞かせて切り離していたのかもしれない。
だが、そう理解しても、身体を許すほどに彼と親密になっているとは思えなかった。

「…もう、どうしたらいいのか…分からないんです…」
視線をどこか遠くへやった総司の呟きに、永倉と原田は顔を見合わせた。
躊躇いがちに、永倉が答えた。
「…少なくとも、心から惚れてる相手が誰かは、分かってるだろ…」

もう、決断しなければならないのかもしれない。
今の己の気持ちが、人を恋するというものなのか。
この状態は本当に幸せと呼べるのか…そして、己に幸せになる価値があるのかどうか…





その夜、総司は早めに床についた。
よく考えねばとは思うものの、それが逆に眠りを誘ったらしい。
夜更け、静かに現れた殺気無き侵入者にも、全く気付かなかった。

気付いたのは、急に息苦しさを感じたからだ。
寝ぼけた状態のまま、軽く瞬いてみれば、口内に生暖かい何かが進入したのを感じる。
「…んッ…!!」
口付けられているのだと気付き、目を見開いてみれば、
そこにはよく見慣れた男の顔があった。眉間の皺は、いつもより深い。

「ひッ…ひじかた、さん…!?」
驚いてその名を呼ぶうちにも、総司の夜着から帯が抜かれる。
「ちょっ…ま、…ッ…!!」
抵抗の声を上げるより先に唇を土方のそれで塞がれ、懐かしい口付けに蕩かされるうちに
両手首を布団に縫い付けられ、頭を振って口を開放された頃には、既に着物の前が肌蹴ていた。

「…やッ…な、なにを…!?」
「分かるだろ?…お前の好きなこと、してやるよ」
目を見開いて必死に首を振る総司に向かって片側の口角を吊り上げて笑った土方は、
総司の抵抗を容易く抑え込み、下帯の上から自身に触れた。
土方によって開発された身体は、己の意思とは無関係に緩やかに反応を示す。

「こっちは正直だな」
「あ、あなたと…する気は、ありません…!」
「十分、考える時間は与えただろ?」
総司の恨みがましい視線と抵抗を受け流しながら、土方は嬉々とした表情を浮かべて総司の下帯を外す。
止めてください、そう言いながらも総司は、最近相手をしている彼から求められた時の様な
拒絶する気持ちや不快感を全く覚えぬ事に驚き、本気で抵抗できずにいた。

…やはり、自分は土方のことを想っているのかもしれない。否、きっとそうなのだろう。
そう思うと自然、力が抜けた。

抵抗が緩めば、すぐに土方の前に全てを曝け出す状態になる。
それに気をよくしたのか、土方は胸の突起や総司自身に優しく愛撫する。
やがてその手が菊座に至ると、土方は軽く眉を上げた。
「なんだ、あいつとはしてねぇのか…?」
「…ひどい言い方」

お節介な原田と永倉から、総司を取り戻すなら今のうちだと言い含められた土方は、
促されるままに襲いに来たのだが、日頃からそういった視線を受ける事の多い総司の事、
疾うに奪われたものと思い込んでいた。

「久々に、可愛がってやるよ…」
浮かべた形相とは裏腹に、土方は耳元で甘く優しく囁いた。





行為を終えた後、総司は四肢をだらりと伸ばして、土方に為されるままになっていた。
その無理矢理及ばれた行為によって、いかに自分が土方を欲しているのか、分かってしまった。
(やっぱり、身体と心の奥が求めているのは、土方さんなんだ…)
追いつかぬのは、土方に対する想いだけだ。

総司の身体を清めていた土方の耳に、掠れた呟きが聞こえた。
「……
ろな……」
「なんだ?」
「……人を想う心なんて、分からないまま…」
溺れて、繋がれて。
土方を愛おしく思うこの気持ちが、植えつけられた感情なのか、
己の心からのものなのか、理解できぬまま…

「あなたを恨んで…幸せから目を背けて生きていくのが、答えなのかな…」

恨みを感じて隣にいるのだと思えば、彼を好いた理由など必要などない。
何が幸せであるのか知る必要もないし、自らの幸せを自覚して、罪の意識を深める事もない。
―そうすることで共に居られるのであれば、感情など殺してみせよう。

(何も考えぬ人形として生きていく事が、自分にとっても周りにとっても、一番いいことなのかもしれない…)
無言のまま己を強く抱き締める土方の腕にさえ、もう何も感じる事がなかった。
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土方さんが好きなんだと自覚した総司(でも心ここにあらず)と、総司の思う事が漸く分かった土方さん…
何だかうまく日本語に出来ませんでした。苦笑 …論点ずれてきた気がするけど…ま、いいや。(←いいのか?)
ってか、副長、完全に原田さんと永倉さんに流されてるよ!笑  (2006.5.15upload)