自分の居場所は、いつでもあの人の隣だと思っていた。 …でもそれは、本当は許されぬ事だったのかもしれない。 幸福論−3 「どうだ、歳!総司!遂に我々も認められたんだ!」 8月の初旬、池田屋事変の報奨金を受けて帰った近藤は、大喜びで部屋に土方と沖田を呼び出した。 「おめでとうございます」 「……」 大喜びの近藤に総司が微笑みかけると、隣の総司を一瞥した土方は、不機嫌極まった表情で顔を背けた。 この部屋に来る前に自分が声を掛けた時には、視線すら合わせずに 「はい」の返事しかしなかったというのに、この可愛くないガキは何を考えているのだろう… あの日勝手な宣言をしてから、総司は一度たりとも私用で副長執務室を訪れていなかった。 『あなたの所為で、これが幸せなのだと思い込んで…』 その言葉が引っ掛かりとなって、総司を無理に問い詰める事も憚られたのだった。 確かに、自分はこの青年の未来(さき)を奪ったのかもしれない…そう思い始めていた。 「この使い道だがな…戦功に応じて、隊士に分配することにしようと思う。どうだ、歳」 「…そうだな。適当に割って河合に伝えておく」 総司は隣に座した土方を見やった。 素早い判断で迷いのない言葉を放つ、自分にない沢山の強さを持つ大切な人… しばし土方に見入っていた総司は、視線に気付いた彼が振り向いた事で慌てて視線を目の前の畳に落とした。 あれからと言うもの、総司は出口のない迷宮に迷い込んだかの様だった。 副長執務室に通うのを止め、巡察報告の際も極力視線を合わせぬ様にしたのだが、 それでも思考は進まず、これまで以上に厳しい鍛錬を課し、無我夢中で何もかも忘れる事しかできなかった。 考えたい、そう告げたはずなのに…実際には前を向くことすら躊躇われた。 (これから、どうしたらいいのだろう…) 「…うじ…総司!」 「あ、はいっ!」 「全く、どうしたんだ?」 軽く笑いながら自分を覗き込む近藤と土方の顔を見て、総司は頭を振った。 「何でもありません…約束があるので、これで失礼してもいいですか?」 許可を得る前に立ち上がった総司を見上げた近藤は、「あ、あぁ」とぎこちなく応じ、 それを聞いた総司はそそくさと部屋から逃げるように出て行く。 障子を閉めて少し歩くと、安堵の溜め息をつきながら腕で瞼を塞いだ。 ―闇に浮かぶのは、未だ焼き付いたままの土方の横顔。 「沖田先生」 突然呼び掛けられ、総司は肩を震わせた。 隣を見れば、1度や2度、稽古をつけた記憶がある程度の名も記憶していない隊士の姿。 「何でしょう?」 「先生に折り入ってお話ししたい事があるのですが…」 「…」 迷いながら閉じた瞼に、一瞬あの顔が浮かぶ。 だが、決断は早かった。 「分かりました。では、場所を変えてうかがいましょう」 数日後、屯所内はある噂で持ちきりになっていた。 『沖田総司が、新入りの隊士といい仲になっている』と。 隊内でも周知となりつつあった土方との間に、微妙な距離が出来た事に気付いた者はいなかった為、 最初は新入り隊士が勝手に流した虚言だと、周囲は信じて疑わなかった。 だが、新入り隊士と2人で連れ立って出掛けるところを度々目撃され、 更に副長の機嫌が悪いと小姓が漏らした為、噂はいよいよ確信を持って一気に広まった。 やがて幹部にも知られるようになったのだが、誰も総司に真相を尋ねることができなかった。 勿論、総司自身も誰にも語ろうとはせず、それとなく問われても曖昧に笑ってみせるだけだった。 その隊士と非番の合った日に一緒に甘味処へ出掛けたり、夕涼みをしに河原まで出掛けてみたり、 時には彼や彼の周囲の隊士の話を聞いてやったり…そんな、ただ隣に居るだけの関係。 だが、身軽な平隊士の隣では、土方の隣では知る由もなかった事、 出来はしなかった事が沢山あり、総司にとってはかなり新鮮な日々が続いていた。 (こうして隣にいて、沢山の事を語り合いながら過ごす日々のことを、幸せと呼ぶのかもしれない…) 幸せとはどういうことか…漸く、答えを見つけたような気がした。 |
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今回はちょい短めでした!ラストを変更しようかと悩んでます〜。それにしても、こんな内容を土方さんの誕生日にアップってどうなの…!笑 (2006.5.5upload) |