週末、土方は待ち合わせの場所で総司を拾うと、すぐにアクセルを踏んだ。





実は、学校の無い日に会うのはかなり久々だ。
連休が無ければ時間が作れないのと、総司が外で会う事を拒んでばかりいるからだ。
2人だけの空間に緊張した様子の総司に、土方は穏やかな調子で他愛もない事を語りかけていると
その緊張もほぐれてきた様で、いつもの様に会話も弾みだした。
やがて、総司は車の向かう先が思い描いていた方向と異なることに気付いた。

「…あれ?どこに向かってるんですか?」
「まぁ、時間はたっぷりあるからな」

総司が喜んでくれる事、ただそれだけを考えていた土方は、沢山の候補を用意してきた。
きっと喜んでくれる筈…そう思うだけで土方の声は自然に普段より軽くなり、
その楽しげな様子の彼に釣られて、総司も笑顔を浮かべてしまう。
くだらない会話を弾ませながら、2人は休日のドライブを楽しんでいた。



―が、目的地で停車した途端、総司は愕然として呟いた。
「八景島…?」
「前に、水族館に行きたいって言ってただろ?」
(確かに、テレビの話してて、イルカショーってすごいんだろうなって言ったけど…)

「だ、駄目です!誰がいるかも分からないのに…!」
最早定番となったその言葉に、土方は内心で溜め息をついた。
実際に口に出さないのは、総司を落ち込ませない為のぎりぎりの配慮だ。

「だから、品川は避けた」
「八景島なら、誰でも来ますよ…!」
「魚を見に来てる奴が、俺らなんて見てないだろうよ」
「でも…気付いちゃったら…」

もう飽きるほどに繰り返した展開に、総司はまだ足りていないらしい。
土方は今度ははっきりと落胆の態度を示し、止めたばかりの車を駐車場から出した。





その日、土方は恋人たちが行く定番のスポット―映画館やテーマパークなど―
に連れて行ったのだが、総司は断固として車から降りようとしなかった。
どの場所でも埒のあかない堂々巡りを繰り返してばかりで、
昼食でさえ、車内でファーストフードを食べる程度に収まってしまった。

(折角、先生が僕を連れ出してくれてるのに、何やってるんだろ…
 でも人に知られる訳にはいかないし、仕方ないよね…僕は生徒で、そのうえ男なんだから…)
総司自身も、形振り構わずに土方に甘えたいという思いと、立場を考えて軽率な行動は慎むべきだという
2つの矛盾する思考に悩みながら、土方の申し出を断っているのだ。

恐らくはそれを理解している土方の優しさに、結局のところ甘えているという事実は総司にも分かっている。
どんなに大人ぶっても結局まだ子供な自分が歯痒くて、少し悔しくて、総司は窓の外の景色を眺めていた。



急に車が停まったかと思えば、そこは何かの店の様だ。
訳の分からぬまま運転席を見やった総司のシートベルトを外してやりながら、土方はそ知らぬ顔でいる。

「ほら、行くぞ」
「…どこ?」
「少なくとも、お前の友達がいる場所ではねェよ」

そう言った土方に半ば強制的に連れて行かれたのは、時計屋だった。
いかにも高級そうな時計が並び、その値札は全て伏せられている。

(確かに、高校生が来るお店じゃないかも…)
そう思った途端、湧き出てくるのは好奇心だ。
何よりもファッション性を高めた様な時計や、宝石が散りばめられた時計、
レトロな雰囲気の時計、スポーティーな時計…総司が見た事の無い時計が多く並んでいる。

ちょろちょろと店内を動き回る総司の姿を見ていた土方は、しばらくしてから総司に近付いた。



「気に入った時計はあるか?」
「えっ!?」
ディスプレイに張り付いていた総司は、隣から掛けられた声に慌てて顔を上げた。

(驚いた顔も可愛いんだよな…キスしてぇ…)
視線を合わせられた土方は思わず息を詰めた。
項を引き寄せようと無意識に手が伸びたが、己のいる場所を思い出し、細い肩に手を添えるに留まる。


「お前の誕生日祝いを買おうと思って連れて来たんだ。いつまでもあんなんじゃ、仕様も無いだろ」
暗に示されたのは、土方が総司に贈った、己の愛用していた時計だ。

土方に合わせてある金属製のベルトが総司には大きすぎて、
手首にかけても時計が落ちてしまう為、着けられずにいつも携帯しているのだ。
今も勿論、総司のバッグの中にある。

「いいです!今だって宝の持ちぐされで申し訳ないのに…」
思いきり両手を振って拒否する総司に、土方は引く気が全く無かった。
「俺が贈りたいんだ。買わせてくれよ」
「…でも、僕はこの時計が気に入ってるから」
逃げ方が上手くなったものだと、土方は感嘆しながら口元を片手で覆った。



「…なら、新しいベルトに付け替えるか。お前なら革の方が似合うだろ」
「いえっ、ほんといいですから!!」
「ベルト替えても使わねェか?」
「やっ、あの…今のままでも使ってますし!」
「そうなのか?それは嬉しいが…なら尚更、替えた方がいいだろ」

その言葉に一瞬きょとんとした表情を見せた総司は、急に頬を薄く染める。
(先生…僕があの時計を使ってるの、喜んでくれてるんだ…)
幸せな気分で溢れた総司は、浮かれた心を落ち着かせる事も出来ずにあたふたと手を振る。
「や、あの、えーと…違うんです。そうじゃなくて…」
「なにが」

突然しどろもどろになった総司を訝しげな表情で見つめていると、
彼は不自然に視線をずらしながら、「えーと…あの…」などと独りごち、やがて俯いて呟いた。

「せ、先生の使っていた物だから…そのまま、持っていたいんです」

思いもよらぬ発言に驚いた土方は思わず両腕を広げかけたが、ぎりぎりの所で、
周囲の店員が笑顔を振りまきながら2人を見ている事に思い至る。
(こいつら…奥に引っ込んでりゃいいものを…!)
仕方なしに、上げた片手でそのまま総司の頭をくしゃりと掻き回した。

「ちょっと、何するんですか!」
どうやら、怒りにまかせて力が入ってしまった様だ。
いじられた頭を直しながら、総司は未だ少し赤い顔で睨んでくる。
その髪を指先でさらさらと遊ばせながら、土方は抑え切れぬ愛しさに頬を緩めた。
怒りなど、この姿を見るだけで収まってしまう。

「なら、そのベルトをお前のサイズに合わせようか」
少し太めの銀ベルトがこの華奢な手首に合うとは思えないが、他に本人が納得しないのならば仕方がない。
優しく土方がそう言えば、総司も頬を赤らめたまま小さく頷いた。








そして、夏の長い日も暮れようとする19時過ぎ、2人は土方の高級マンションへと到着した。

どうしてただの教師―しかも、若手の―がこんな場所に(しかも上層階に)住むことができるのか…
そう不思議に思ったものの、総司はそのマンションのセキュリティに感嘆して、その疑問をすぐに忘れてしまった。
地下の駐車場から繋がる専用のエントランスでロックを解除し、それからエレベーターに乗り込む。
予め言われていた通り、地下の駐車場からは居住者以外の人目に触れる可能性はきわめて薄い様だった。

もう周囲に気を配らなくともいいのだと思った途端、静かに上昇していくエレベーターの中で、
総司の緊張と心拍数も比例するように上がり始めた。
(それどころじゃなかったから忘れてたけど…僕、先生の家に来たんだ…!)

緊張のあまり、指先まで鼓動を感じながら深呼吸をする―
そんな総司の背中を見つめていた土方は、小さく笑いながら総司の肩に手をかけた。
可哀想な程に震えたそれをぽんぽんと軽く叩き、少し前に止まっていたエレベーターから総司を押し出した。



だだっ広いエレベーターホールから見えるのは、左右に向かう道だけだ。
「こっちだ」
土方は左側の道へと促しながら、肩に添えた手を優しく押す。

少し歩けば、すぐに玄関へと辿り着いた。
小さな門が取り付けてあり、扉までの空間には美しい観用植物が並べられている。
綺麗に整えられた植物を眺めていた総司はふと、何故他の家の玄関が見えないのかと疑問を抱いた。

「あれ?先生、この階って…」
「2部屋だけだ。間違っても右には行くなよ?さぁ、上がってくれ」
彼の問いを酌んだ土方は答えながら総司の腰を引き寄せ、家の中へと連れ込んだ。



そのまま、細い廊下を抜けてだだっ広いリビングへと案内される。
綺麗に片付けられた―と言うより、無機質で殺風景な―その部屋のフローリングの冷たさが、
緊張にのぼせかけた総司には心地好かった。

「電気点けるから、ソファーにでも座ってろ」
「はい」
そう言った土方が彼を置いたまま離れた時、
何か巨大な太鼓でも打ち鳴らす様な音と、ばちばちと火花が散る様な音がした。

突然鳴り響いた大きな音に、総司は思わず辺りを見回した。
その場所が慣れぬ場所であることと、室内が暗いのが手伝っての事だろう、
冷静さを欠いてしまった総司は不安に思い、リビングを出ようとしていた土方の腕を掴んだ。

彼はそんな総司に笑いかけると、窓際まで移動し、遮光カーテンを一気に開けた。
*****************************************************************


何だよ、このバカップル!うざいって!!…と笑いながら書いてました。ほんとすみません!笑 (2006.9.25upload)