僕と先生の事は、隠さなきゃいけないんだって分かってる。 お互いにどんな感情を抱いていようと、僕は生徒で、彼は教師だ。 どこかで知り合いに会ってしまって2人の関係が知れたなら、 様々な人があらゆる方法で僕たちを引き離そうとするのだろう。 そんな事になったら、先生は教師という職を失ってしまう。 それだけではない。きっと、周囲から後ろ指を差される様になってしまう。 自分の所為であの人が苦しまなければならないなんて、堪えられない… そんなどうしようもない思いが胸に痞(つか)えて、 先生と過ごす初めての夏休み、僕は本音を言えずにいる。 「なぁ、総司」 「はい?」 呼び掛けられた総司は、隣に座る土方を見上げた。 ちらりと一瞥しながらもやはり前を向いたままの土方は、 無理に総司と視線を合わせようとはせず、応じる。 「今日、泊まってくか?」 「いいえ。姉が心配しますから」 至って平然とした調子で掛けられた言葉に、 総司は少しの動揺を見せただけで、即答してみせた。 大分、その話題に対する回避法を学んできたようだ。 「そうか…じゃあ、少し俺の家に寄って行け」 「…いえ、遠慮しておきます」 「途中で菓子でも買ってやる。食後のデザートにしよう」 「……でも、」 甘い物と聞いて、少し躊躇する彼は本当に可愛らしくて仕方がない。 本当は、彼の悩む表情をわき目も振らずに見つめていたいところだ。 土方は、今にも抱き締めてしまいたい気持ちを必死に堪え、 いつも通りに申し出を断る総司に対する怒りを押さえ、極力落ち着いて言葉を紡ぐ。 「なら今度、どこかに旅行にでも行くか。お前の姉さんに挨拶して行けば、問題ないだろ?」 「!?そ、そんな挨拶なんて…!」 旅行に連れて行くからその挨拶をするのだと謀って、総司を貰い受ける挨拶をしようかという 土方の目論見は、鈍感な総司にも容易く見破られてしまったらしい。 だが、土方はうろたえる彼などお構いなしに、独り言のように呟く。 「沖縄…だと、お前は海に入れねェもんな。京都や伊豆なんかがいいか…」 「ちょ、ちょっと先生!僕、一言も旅行に行くだなんて―」 旅行の計画を勝手に練りだした様子に慌てた総司が反論すると、 土方は大仰に溜め息をついて、ゆっくりと口を開いた。 「あのなぁ…会う度会う度、こうやってうろうろとドライブしながら話してばかりで、 俺は最近は殆どお前に触れてねぇんだぞ!お前が可愛いこと言うから、 ついハンドルから手ェ離して抱き締めてやりたいと思う事も頻繁だってのに… ゆっくりお前を見れるのも、別れ際のほんの2時間だけだ!…お前は、俺を殺す気かッ!」 夏休みに入ってからというもの、 土方は生徒会で登校する総司を連れて帰るためだけに家を出ている。 この日も、土方は夕方になって総司を迎えに行ったのだ。 一応、彼にも顧問を務める『化学部』なるものがある。 それは、土方を慕う生徒たちが半ば強引に創った同好会が 思いの外、人気を集めて部に昇格してしまったという代物だ。 この夏に、一部の者は合宿などを行おうとしていたらしいが、 顧問に笑顔で却下されたが故に、普段通り、何の活動もない。 学校側としては、そんな実体のない部は潰してしまいたいところであろうが、 文化祭では一応程度に出し物を行っていて、それが保護者からの受けが良く、 更には入部を希望する生徒が後を絶たない為、手を出せずにいるのだ。 土方にとっても、他の煩わしい部活の顧問にされるより余程楽であるから、 休暇時を除いては、全て生徒の好きにさせている。 そんな、総司を迎えに行って適当に乗り回して家の傍まで送る日々。 それ自体は土方が好きでやっている事だから構わないのだが、 問題は、何度誘おうとも総司が店や土方の家に入ろうとしない事だ。 お陰で、夕日の沈む海岸線を走ったことはあっても、 夕焼けや夜景の美しいレストランで食事をした事はない。 『どこで誰に見られているか、分からないから…』総司は決まってそう言うのだ。 だから、総司の家に近い薄暗い公園などに停車して、ゆっくり語り合ったり キスしたりするのが、土方にとって彼と過ごしている事を唯一感じられる時間なのだ。 ―本当は、明るい場所でその顔を見つめていたいのに。 ―いつでも、息が止まる位きつく抱き締めてやりたいのに。 本当は普段よりも傍にいられる筈のこの時期、 2人の距離は広がってしまっている様に感じられ、土方は少し焦っていた。 怒鳴られた事がショックだったのか、その内容が堪えているのか、 総司は膝の上で拳を握り締めて、俯いたままでいる。 流石に、口調も言葉もきつすぎたかもしれない… そうは思っても、土方のそれは簡単に収まる感情ではなかった。 「なぁ総司、俺の家は駐車場が地下にある。そこから直接上がれば、誰にも見られずに済む」 「………」 「今週末は一緒に出かける約束だろ?その日に寄って行けよ。 もしくだらない理由で断るなら…俺はいい加減に、お前の想いを疑うぞ」 「そんなッ…!」 弾かれた様に上げられた面には、驚愕と困惑だけがあった。 土方は多少の申し訳なさを感じもしたが、口元だけで笑ってみせる。 「分かってると思うがな、俺は元々短気なんだ。大分我慢してやってるつもりだが?」 笑いながらも苛立ちを隠そうとしない土方に、総司は頷く事しか出来なかった。 (好きだから…大切だから不安なんだって、ちゃんと伝えられたらいいのに…) いつもいつも、そう思うだけで言葉には出来ないのだ。 総司は家へと送ってもらう道すがら、少し憂鬱な思いで窓の外を眺めていた。 |
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初めてのお宅訪問ネタです。総司が言うまでもなく、先生は総司の気持ちなんて理解してるハズですよね〜。笑 (2006.9.21upload) |