霽月 (参)



それから宗次郎は何をするにも思考がまわらなくなり、無我夢中で給仕をするうちに気付いた時には夜になっていた。
宴はいつまで続くか分からないから、と部屋に帰されたのがさっきで、今は湯浴みを済ませたところだ。

彦五郎は既に潰れてしまって、おのぶと休んでいるから、恐らくあと半刻ほどであの男がこの部屋に来るのだろう。
緊張を堪えきれぬ為だろうか、まだ温かいはずの体は心なしか震えている気がして、
眠くなどないのだが、小さな身体を布団の中へ埋めた。





布団の中で土方を待っている間、宗次郎は試合っている時と似た感覚に襲われていた。
緊張の為なのだろうか、どんな微々たる物音でさえも聞き逃さぬ様に聴覚が研ぎ澄まされている様で、
雨露の滴る音に混じって遠く聞こえてくる物音にも、やたらと気をとられてしまう。

やがて、しばらく聞こえていた桶と木の触れあう音が止んだ。
…おそらくは、湯を浴びていた土方があがったのだろう。
土方の来訪が近い事を悟り、宗次郎は布団から這い出した。



やがて部屋を訪れた土方は、布団の上に端座した宗次郎を見て、ひどく驚いた。
宗次郎に駆け寄ると、その冷えた体を抱きしめる。
「馬鹿野郎!こんなに冷えちまって・・・!」
「さっきまで横になっていたから・・・」
そろそろ来るかと思って起きたところです、と言って宗次郎は少し引きつった笑みを浮かべる。

宗次郎は、己を抱きしめる腕の逞しさと広い胸の温もりを感じながら、小さな溜め息を零す。
今からこの男に全てを曝け出し心までも預けるのだと思うと、怖いようで少し安心する様な、妙な心地。
「震えているな」
「雨が降って、寒いから」
宗次郎は己の鼓動の高鳴りを知られたくなくて、つい意地を張って応える。
日中は鬱陶しく思ってた雨だが、今では鼓動を隠す蓑となる音を奏でてくれている事に感謝するばかりだ。

「・・・嫌なら、今日は止める」
「え?」
漸く覚悟を決めたところで頭に振ってきた言葉に困惑したまま顔を上げると、
そこには、いつになく優しく、これまでに見たことの無い切ない表情を見せる土方の顔があった。

―震えているのは、拒否ではない。
今にも泣きそうなのは、少しの不安と大きな喜びの所為。

伝えたい気持ちは、なかなか言葉には出来ない。
宗次郎は応えの代わりにその大きな胸へと顔を埋め、細い腕を彼の背中へと回した。





宗次郎の是の意を汲んだ土方は、腕を緩めて宗次郎の両頬を優しく包み込み、唇を重ねた。
宗次郎は己が震えているのだと思い込んでいるが、実は、
頬を包む土方の手も、初めて心から想った人物と身を繋げる喜びと緊張で微かに震えている。
軽く触れるだけで離れようとする暖かい唇に慌てた宗次郎は、咄嗟に土方の着物を掴んで引いた。

驚いた土方が目を開けば、そこには耳まで真っ赤に染めてきつく瞼を閉じた小さな顔。
愛しくて堪らない想い人が必死に応えようとしているその様に、土方の理性が耐えうる筈も無かった。

触れるだけで柔らかな感触を楽しんでいた唇の隙間に、土方は舌をねじ込むと、
驚いた宗次郎が反応する間もなく、ゆるく開いていた歯列の隙間から内部へと入りこんだ。
宗次郎は、自分とは体温の違うそれから逃れようと試みるものの、
小さな口の中には大した逃げ道もなく、あっけなく舌は絡められてしまう。

濃厚な口吸いの息苦しさに宗次郎が腕を突っぱねると、土方はほんの少し隙間を作った。
普段のどうでもいい女相手であれば、無意識のうちに呼吸の暇を与えることができるのだが、
今日に限っては―誰よりも大切にしたい人物であると言うのに―上手くいかず、己の心拍ばかりが耳に響く。

それを払拭するように、土方は噛み付くように何度も角度を変えては口を合わせた。
歯茎をじっとりとなぞられ、羞恥と悦びの織り交ざった感覚に酔った宗次郎の衿を、土方はそっと押し広げた。
そして、宗次郎の口内を犯していた舌を引くと、名残惜しげに小さく柔らかな唇をなぞった。

ふと宗次郎を見やれば、荒れた息を整えながらゆるゆると目を開くところであった。

薄っすらと水の膜を張った大きな瞳が土方を見て柔らかく微笑むのを受けて、
土方も目を細めて笑み、その唇にもう一度触れ、そのまま首筋へと唇を滑らせた。
滑らかで白い項に口付け、首筋を舐め、耳朶を甘噛みすると、宗次郎は息を飲んだ。

やはり緊張は解けぬのだろう、時折震える身体を土方は優しく抱いてやるが、
その度にやけに早い宗次郎の心臓音が聞こえ、己の緊張を呼び起こされる。
そんな己を誤魔化すように首筋や鎖骨の辺りに優しく口付けながら、土方は帯に手を伸ばした。

素早くそれを引き抜かれたことで、それまで大人しくしていた宗次郎の身体がぴくんと動いた。
上がりつつあった体温と冷たい外気が触れた為に、酔わされつつあった宗次郎の意識が覚醒し、
開かれつつある衿を押さえようとするが、土方は既に我慢の限界だ。それに構う暇は無い。
宗次郎の手を片手で摘み取ると、空いた手で着物を剥いだ。



「・・・綺麗だ・・・・・」
土方はその清らかな美しさに、思わず呟いた。

当然ながら白粉の香りも無く、作られた色気も無い。
あるがままのその滑らかな肌は、宗次郎の純粋さを映し出しているかの様に澄んでおり、
2つばかり咲いた小さな花が、その美しさを際立たせている。
(これまでに見た、誰よりも・・・)
心から、そう想った。

纏うものを取り払われた身体をまじまじと見つめられ、宗次郎は恥ずかしさから顔を背け、瞳を閉じた。
そんな様を見て、可愛い想い人に意地悪をしたくなるのは、いつもと同じ。
土方は己の四肢で宗次郎を閉じ込めると、蒸気が出そうなほどに染まった
その柔らかい頬に軽く唇で触れ、耳朶を甘く噛みながら言葉を直接流し込んだ。

「でも、痩せすぎだな・・・お前、どうせ二の重ばっか食ってんだろ」
「ち、違います・・・!」

おせちの二の重と言えば、伊達巻やきんとんのような甘いものが中心となっている。
わざわざ言うからには、子供だから甘いものばかり食べているのだと揶揄したいのだろう。
そう思った宗次郎は、少し頬を膨らませながら土方を睨んだのだが、
その目に飛び込んだのは慈しむように目を細めたあの端整な顔であった。

(あぁ、緊張を解そうとしてくれたんだ…)
その優しさが堪らなく嬉しく、少し照れくさくて、宗次郎は土方の首に腕を絡めてそっと抱きついた。

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更新めちゃ遅くて、しかも短くてすみません…!緊張した宗次郎が喋らないので、淡々とした文になってしまいました。
まだ着物を脱がしただけだなんて進行遅すぎる…って言うか、えろくなりそうもないんですけど…泣 (2006.3.27upload)