「おい、局長が呼んで―――どうした?随分嬉しそうだな」
「ふふ、ちょっと思い出しちゃって」
障子を開けた斎藤にそう問い掛けられて、手元から目を離した沖田総司は、笑みを浮かべてそれに応えた。
彼の手元を覗き込めば、そこには厚めの本と端の方が丸まって紙が変色している、ぼろぼろの状態の栞があった。

「あんた、読書なんてするのか?それに、随分古そうな栞だが…」
総司はそれでは自分が本など読まぬ阿呆の様ではないか、と頬を膨らませるが、
すぐに先程までの幸せそうな、少しはにかむ様な笑顔を返してきた。
…斎藤に言わせれば、阿呆とまでは言わないが読書家で博識な印象など微塵も無いから、
当たらずとも遠からずだろう、と反論したいところなのだが。

「これはね、私の宝物なんです」
そう言うと、総司はまた愛おしそうに栞に視線を落としたのだった。





総司が局長室に呼ばれ、斎藤が巡察に出掛けた頃、土方がその部屋を訪れていた。
(何だ、総司の奴いねェのか…)

本人の不在を確認すると、昼寝でもして帰りを待とうかと部屋の中央に腰を下ろし、その室内を見回した。
斎藤も総司も物に対する興味・執着が薄いから、部屋の中は閑散としている。
すると、総司に買い与えた文机の上に本が置かれていることに気がついた。
(あいつが本を読むとは、珍しいな)
一体どんな本を読んでいるのだろうか、と気にかかった土方が
何の気なしにその本を手にすると、どこに挟まっていたのだろうか、一枚の栞が舞い落ちた。
どこから落ちてしまったのか皆目検討の付かない土方は、少し焦りながらそれを拾い上げる。
(ぼろぼろの栞だな…これならば、懐紙を挟んだ方がましだろうに…)

そう思いながら裏に返した時、土方は驚愕に目を見開いた。
栞には、4枚の葉をもつ草が押し花にしてあったのだ。
そして土方はその草に見覚えがあった。―もう、十年以上も前のことであるが。
土方が遠い日に思いを馳せようとしたその時、部屋の障子が開けられた。



「あれ?土方さんがいらっしゃるなんて、珍しいですね。近藤さんが探してましたよ」
「総司、お前これ…」
「あ、見られてしまいましたか」
総司は土方の手元を見ながら後ろ手に障子を閉めると、土方の正面に端座して、
悪戯な笑みを浮かべながら土方の顔を覗き込んだ。

「昔、大切なお方にいただいたのです」
言わずもがな、それは土方のことだ。
面と向かって渡した訳ではないのだが、総司がそれを分からぬはずはない。

土方は総司の視線から逃げるように顔を背けると、優しげな声で、しかし乱暴な口調で言い返す。
「こんなにして残してどうする。いい年して、まだガキだな」
「少年時代の思い出に…」
それを照れ隠しだと分かっている総司はくすくす笑いながら
土方の手から大事そうに栞を抜き取ると、文机の上にそっと置いた。
「私の宝物だから」

自分に黙って日野に帰ってしまった土方は、自分のことを嫌いになってしまったのだろうかと、不安に涙した夜。
翌朝目覚めた時には、涙を拭った跡と探し求めていた物があって―
―それが誰から贈られたものなのか、容易に知れた。

「だが、幸せになぞなれなかっただろう」
少し苛立った様にそう告げると、土方は立ち上がった。

見つけると幸せになれるというその草を欲しがる子供のために、真夜中、提灯片手に探し回った。
昔からまじないや迷信など信じてはいなかったのだが、もしかしたらその子供に
何らかの良い変化でもあるのでは無いかと少しばかりの期待を抱いていたのだが、
結局、彼の境遇は変わらなかったし、自分には変えてやることもできなかった。
その悔しさは、今でも忘れることができずにいる。

土方がずんずんと大きな足音を立てながら障子に近付くと、総司も立ち上がってそれを追った。
「いいえ?私は、そのお方からあの葉をいただけた事が幸せだったんですよ?
 それに…今こうしてあなたと一緒にいられるのは、あの葉のお陰かもしれません」
そう言った総司が土方の背に身体を預けて両腕を腰に絡めると、土方はその腕に手を添えて応えた。



文机には、今も変わらず2人を見守る『しあわせの草』。

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永らくweb clapの御礼として掲載していました。『しあわせの草』その後のお話でした☆(2006.3.7up)