乱暴な言葉と優しい腕、温かい背中― 近くにありすぎて、多くを与えられすぎて…大切なものを見落としていた。 幸福論−6 ―夢を、見ていた。 現実なのかもしれないが、夢であって欲しい…残酷な夢を。 『お前なんて、もう必要ねェ』 そう吐き捨てて、土方が去って行く。 どれだけ追おうとしても、足が動かない。声も出せない。伸ばした手も、届かない。 次いで、彼が綺麗な女性と並んで歩く姿が見えた。 土方は総司を一瞥し、何の関心も示さずにそっぽを向くと、 その見知らぬ女性に穏やかに微笑みかけて手をとった。 そのまま遠ざかる2人の背を、総司は立ち尽くしたまま見送った。 (…いつからか、隣にいるのが当然だと思うようになっていたんだ…) 土方が女といるのを不快に思った事は何度かあったが、 自分に感情の無い目を向けられる事が、ここまで辛いものとは思わなかった。 総司はよろよろと後ろに向かって歩き出す。前には進めないが、戻ることならできるらしい。 そうして歩き続けるうちに、京に到着してからの事、京への道中、江戸での出来事、 土方との出会い…様々な記憶を、辿っていった。 過去を追体験する中で、総司は第三者的な視点から自分と土方を眺め、 そして、知る。 ―自分の視線の先には、いつも土方がいた事を。 ―土方が惜しみない優しさを注いでくれていたという事を。 試衛館に土方が滞在している間は、何かとその背を追いかけていた。 彼が女と遊びに行く時や吉原に繰り出す時などは、心の中で「行かないで」と叫んでいた。 兄の様な存在だった土方の背を追いかける事は至極当然のように思っていたが… きっと、大きな志と強い信念を持った土方は、幼い目にも輝いていて映っていたのだろう。 土方が薬作りの仕事で自分との約束を果たす事が出来なかった時、 不貞腐れてそっぽを向いた自分の後ろでは、土方が少し困った様な表情をしながら優しい眼差しを向けていた。 夕涼みに出掛けた先で目当ての蛍を見ることができなかった時、 黙って俯いた自分の気持ちを気取って、土方は辺りを探し回って1匹の蛍を捕まえてきてくれた。 言葉は乱暴で足らない事も多かったが、いつも土方の優しさに包まれていたのだ。 まだ試衛館に来て間もない頃、土方に花飾りを作って渡した。 『 』 すぐに枯れてしまう、受け取ってもどうしようもない物を贈った子供が それを作りながら込めた願いを楽しそうに述べると、土方は照れ笑いをして宗次郎の頭を撫でた。 自分の想いなどお構いなしに所有されたかの様に思っていたが、実際には違った。 土方の隣に自分がいたのは、自分でも知らぬ間に土方に惹かれていたからだったのだ… 「…総司…俺だ、分かるか?」 耳に流れ込んできたその愛しい声に、総司は2・3度、瞬いた。 心底ほっとした様に溜め息をついた顔には疲労が色濃く表れているが、 彼が自分の手をしっかりと握っていてくれている事が分かった。恐らく、ずっと離さずにいてくれたのだろう。 「昔みたいに…傍に、いてくれたんだ…」 思わず、嬉しさが溢れた。 どんな事情があってこんな状態になっているのか朧気ながら覚えているものの、 彼の処遇や自分がどんな失態を犯したのかという事は、今はどうでもよかった。 自分が麻疹に罹った時と同じ様に、目覚めた瞬間に傍にいてくれたことがどうしようもなく嬉しかった。 「どうやら、大丈夫そうだな」 もう目覚めないのでは無いかと恐れていた土方は、正直に安堵の溜め息をついた。 自分が目覚めたのならば仕事に戻ろうとするのだろうか、とそんな不安に捕らわれた総司だったが、 すぐに土方は思い至った様で、「今夜は面倒をみてやる」と応じた。 「…毒は?」 「お前が薬を飲んで体力をつければ、問題ないそうだ」 「それは難しいなぁ…」 総司がくすくすと笑いながら言えば、冗談じゃねェんだ、と土方は叱りつけた。 ただそれだけのやりとり。 それが、総司にはどうしようもなく嬉しかった。 「ねぇ、土方さん」 きっと、「幸せとはなにか」「土方への想いは本当に心からのものなのか」 その答えを、早く見つけなければならないと焦っていたのだ。 実際には、近くにありすぎて答えを見落としていただけだった。 「誰かを想っていられるという事、それが幸せなのかもしれない…今はそう思います」 「……」 総司は言いながら、床の中から土方に手を差し伸べる。 無言のままそれを受け取った土方は、曖昧に頷きながらその手を軽く包んだ。 「傍にいて自分も想われたいと思うのは、きっと二の次なんだ。 相手が自分を見てくれたら、本当にどうしようもなく幸せだけど…」 それが誰の事を指しているのか、判じかねているのだろう… 土方は複雑な表情でどこかを見ている。 そんな彼を見て総司は身を起こし、土方に向かって端座した。 「きっと私は、知らないうちに惹かれていたんです…土方さんに」 だから私はすごく幸せ者なんだ、そこまで言うと漸く土方は顔を上げた。 まさか自分の元へ戻ってくるとは思わなかったのだろう、その表情は狼狽と呼ぶに相応しい。 総司はそんな土方に微笑みかけると、その頬を両手で包んで唇を引き合わせた。 触れるだけの口付けを交わすと、照れくささから頬が赤らむのを感じて離れようとするが、 土方の手が総司の項を押さえ込み、甘く優しい接吻を何度も降らせる。 「お陽さんは、幸せになれたかなぁ…」 接吻の余韻でうっとりと瞳を閉じたまま、総司は呟いた。 「私のどこを好いてくれたんでしょうね…いつか会って、聞けたらいいな」 そして、伝えたい。 自分は志を貫き、大切な人を支え、幸せに過ごしているという事を。 総司は、己を抱き寄せる逞しい腕に身を任せた。 遠き日の願いは、今も。 『いつまでも隣にいることができますように』 |
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沖田さん追悼小説『幸福論』完結です!何だかまわりくどい話になってしまいました…追悼できてるの…?(反省) お陽さんの幸せは「宗次郎の傍にいること」、総司の幸せは「土方の隣にいること」だと思う訳です。 蓮華の花言葉は『幸福』。転生とかあるのか分かりませんが、2人にはいつまでも幸せであっていただきたいですね◎ それにしても、書きながらこんなに混乱したのは初めてでした…ぜひご意見・ご感想をお聞かせくださいませー! …しかし、相変わらず土方が優しすぎて気持ち悪いですねー!苦笑 もっとバラガキor鬼副長らしい姿を書きたいです。 彼女とのコトがトラウマで、女性と向き合えないという総司も描いてみたい… (2006.5.30upload) |