*ハッピーエンドが好きだという方の為に、微妙にその後のお話です。
『胡蝶の名残』『夢幻の記憶』を読みなおしてからご覧いただけると、分かりやすいと思います。
一体どれ位の間そうしていたのか分からないが、 白に支配されていた視界は、次第に色を取り戻していった。 目についたのは、眩しいほどの新緑と青すぎる空。 雲の隙間から照る、暖かい日差し… 己が寝転がっているのだと気付き、上半身を起こして周囲を見渡した。 (一体、俺は何をしていたんだ…?) どうにも頼りない記憶を手繰り寄せるが、頭でも打ったのだろうか…なかなか思考が定まらない。 俺は額を押さえながら、ぼうっとしたまま天を仰いだ。 「おぉーい、歳さーん!じきに昼飯だとよ〜!」 …ひどく原田に似た声だが、あれは俺を呼ぶ声だろうか。 声のする方に視線を移せばやはり原田がいて、大きく手を振りながらこちらへ向かってくる。 「呼んでんだから、返事くらいしてくれよ」 隣まで来ると、原田は不満気に頬を膨らませた。 あまりにも『穏やかな日常』らしい光景に、俺は困惑する。 …俺が身を置いていたのは、こんな状況ではなかった様な気がしてならない。 「ここは…?」 「はは、土方さん寝呆けてるんでしょ?」 言いながら、原田の後ろから藤堂が顔を覗かせた。 (藤堂―――!?こいつは…俺の前で、確かに死んだ筈…!) 何故、死んだ筈の藤堂がここにいるのか… 徐々に戻りつつある記憶を頼りにそう考えた時、目の前にいる2人が記憶の中の姿よりも若いという事に気が付いた。 (まさか…) 愕然としてもう一度周囲を見回すと、そこは俺がよく寝転がっていた、日野の土手だった。 思わず片手で顔を抑えた俺に2人は心配そうに声を掛けるが、 正直、今の俺にはその言葉は逆効果でしかなかった。 (…趣味の悪りィ夢だ) 仲違いをした仲間との昔の様子を見させられるとは、一体どういう因果か。 俺は言いようの無い複雑な気持ちを抱えながらも、2人に促されるまま、道場へと向かった。 「歳さん、また昼飯喰いっぱぐれるよ」 言いながら笑いかけた永倉に連れられて、俺は日野の道場に足を踏み入れる。 懐かしいという思いはあるが、今ひとつ感動を覚えないのは、何かが欠けているからだろうか… 「おぉ、歳!やっと来たか。源さんが待ちわびてたよ」 道場を眺めていると不意に横手から、懐かしい声で呼びかけられた。 …思えば、その声の主がその呼び名を口にするのは、かなり久しい事だ。 「―近藤さん…」 彼に視線を移すと、俺は名前を呟くだけで、二の句が継げなかった。 思い出される数々の記憶に様々な感情が溢れ、上手く言葉が続かないのだ。 「何だ?急に改まって…頭でも打ったのか?」 京では見ることのなかった、朗らかに笑う近藤さんの姿に俺は泣きそうな気持ちになる。 俺は結局そのまま何も言わずに近藤さんの脇をすり抜けて、 佐藤家でお気に入りの昼寝場所に寝転がり、左腕を枕に正面の壁を見つめた。 (近藤さんがあんな風に笑えなくなったのは、俺が新選組の局長に据えた所為だ…) これは、罪を自覚させる為に誰かが見せている夢なのだろうか。 だとすれば… 本当にそうなのだとすれば、必ずあいつがいる筈だ。 俺の所為で、自分の将来(さき)を自由に思い描く事も、好いた女と肌を重ねる事も、 仕舞いには死に方さえ選択する事も出来ずに命を散らした、あいつ。 だが、あいつに関しては近藤さんに向けるのとは違う思いがあった。 罪の意識は少しある。 申し訳ない気持ちもある。 しかし、後悔が無かった。 (あいつを俺の勝手に巻き込んだ事に対する後悔は無い… だから、俺が罪を自覚していないあいつに会えない事が、戒めなのか…?) そう考えれば、合点がいった。 今はいないはずの仲間がこれ程までに出てくるという事は、恐らくこれが死後の世なのだろう。 この夢が、俺の所為で命を散らした奴らの恨みが見せるものであろうと、 死後の世を統べる何かが俺に対する戒めとして見せているものであろうと、俺には関係が無かった。 ただ、あいつにさえ会えれば、地獄へ落ちようとも構いはしなかったのだ。 しかし、その望みは叶えられぬと言うのだろうか… (ここまで来て、総司に会えないなんてな…) 独り、乾いた笑い声をたて、俺は両目を腕で塞いだ。 いつの間にか転寝をしてしまったらしい俺は、動かした手に触れた柔らかい感触にはっと目を覚ました。 目を開けば、俺を見下ろした総司の顔…どうやら、膝枕をされているらしい。 慌てて身を起こした俺はただ、総司と呟いた。 その音を懐かしそうに受けて一度目蓋を閉じ、嬉しそうに総司は笑む。 眼前に佇んでいるのは、確かに総司なのだろうか… そんな不安に駆られた俺は手を差し伸べ、その柔らかい頬を優しく撫ぜる。 触れた手からは、いつもの総司の温もりを感じる。 「土方さん…ありがとう」 総司にどう対応してよいものかと思い悩み、言葉を発さぬままだった俺の代わりに、 総司が第一声を発してくれたのだが、俺にはその意図が伝わらなかった。 「は?一体―――」 問い掛けた俺の唇を、総司のそれが塞ぐ。 呆気にとられたまま、柔らかい感触が離れるのをそのままに見送り、次いで総司の視線を拾った。 ここにいる他の誰が覚えていなかったとしても、自分だけは、 京に向かってから起こった事を全て分かっているのだと、総司の瞳が物語る。 「約束、守ってくれて…」 …最期の瞬間まで、俺が気がかりでならなかった『約束』。 (あぁ、俺はあの約束を守れたんだろうか…) 俺の前で立膝をついた総司を見上げると、柔らかい腕が俺を包んだ。 言葉など無くとも、総司の温もりを通じて様々な思いが心へと直に伝わってくる。 「長い間、お疲れ様でした」 あんなにも求めた総司からの囁きに、俺は目頭の熱くなった顔をあいつの胸にうずめた。 |
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オマケでした☆『夢幻の記憶』とこのオマケ、お好きな方をラストだと思って下さい◎ (2006.6.9upload) |