ゆっくりと立ち上がった総司は、全く準備をする気配のない土方の態度に躊躇しながらも、
ノートとシャーペンだけを手にして、土方に背を向けた。



補講を始めてから大分経つが、実験をするのは初めてだ。
(昨日は何も言ってなかったのに、急に実験なんて…どうしたんだろう…)
不審に思いながら準備室から教室へと通ずるドアに向かうと、急に背後から抱きすくめられた。

「えっ!?」
両腕ごと強く抱かれた総司は、振り返る事も出来ずにただ驚き立ち尽くす。
土方からの視線を感じて自分の顔が赤くなっていくのが分かり、
心拍が耳元で鳴っているかの様に、嫌にはっきりと響いた。

「せ、先生…?」
右耳に息がかかり、温かい何かで耳を柔らかく挟まれた総司は、ぴくっと震える。
困惑している総司には、耳に触れたものが唇であるとは分からない。
土方はその可愛らしい反応に頬を緩め、耳元で優しく囁いた。
「…誕生日、おめでとう」

その言葉に総司は俯き加減だった顔を上げ、振り向こうとするものの、土方の拘束は緩まる気配がない。
「知ってたんですか!?教えてないのに…!」



そう。今日は6月1日―総司の17回目の誕生日だ。
唯一共に暮らしていた姉は、総司が幼い頃から働き詰めだった為、
総司は誕生日当日に誰かに祝ってもらった事が無かった。
恋仲となった土方には祝ってもらいたいという思いもあったのだが、
それが贅沢で我儘なことであるような気がして、告げる事が出来ずにいたのだ。
それを土方が知っていてくれた驚きは、疑問にまさった。

土方はそれには答えずに、総司を背中から抱きすくめたまま、
総司の前で左腕の時計を外し、自身の時計を総司の細い左手首にはめた。
左手首の重みと、金属から微かに伝わる土方の温もりを感じながら、総司は時計を見つめる。

これは、土方がとても大切にしていた腕時計では無かったか。
「…これ…」

オートマティックのその時計は、総司の腕で時を刻んでゆく。
「お前がしねェと、動かねェからな…ちゃんと使えよ」
それにしてもサイズが違いすぎるな、と土方は苦笑しながら呟くと、
総司の左腕を取ってその時計に軽くキスをした。

はっきりした言葉は無いが、これは、彼からの誕生日プレゼントなのだろう。
「先生…!」
大切な腕時計を自分にくれたという喜びで総司は居てもたってもいられず、
土方の腕を無理矢理払って振り向くと、抱きついた。
突然の行為に驚きながらも、土方は己の胸元に顔を埋めた彼を強く抱き返す。

たかが時計―しかも、自分が使っていた中古の―に喜んでいる総司を愛しく思いながらも、
昨日、偶然に誕生日を知ったという自分の失態にも嫌気が差していた。

学年主任からちょっとした仕事を頼まれ、生徒の資料を探すうちに、
いつの間にやら総司のデータを探している自分がいた。
こんな事をしてはいけない…そう思いながらも、総司の事をもっと知りたい気持ちが勝った。
そうして目にしたデータには、彼の誕生日が6月1日と記されていたのだ。

初めは、どうしてそんな大切な日の事を自分に言わないのかと怒りが湧いたのだが、
すぐに彼の遠慮がちな性格では言えないだろうと思い至り、今度は贈り物へと思考が移った。
だが、事実を知ったのは誕生日前日の夜…すぐに学校を出たとしても、
中心地にあるデパートに着いたと同時に閉店してしまう事が明らかだった。

そこで思い出したのが、総司が時計を持っていないという事だ。
(間に合わせでもいい…とにかく当日に祝ってやりたい…)
そしてこの案を思いついたのだが…本当ならば、彼が欲しがる物を贈りたかった。



「…これからは毎年、俺が祝ってやる」
(たった一人で、誕生日を過ごさせたりしない。欲しいものは順番に買っていってやろう…)
それが土方なりの、総司への気持ちだった。

だが、毎年、という言葉に総司は肩を震わせた。
男であり、彼の生徒でもある自分が傍にいるという事は、
もしやこの大切な人を貶め、その未来を奪ってしまうのではないか…
以前から抱えていた不安が、総司の胸中で無限に増幅し始める。
(教師が高校生と付き合うなんて、いい訳が…ない…)

「先生…本当に、僕なんかでいいんですか?」
「何を今更」
土方は面白くもなさそうに薄く笑ってみせたが、総司は躊躇いながらも上目遣いに口を開く。
「だって、まだ高校生だし…」
「そんなもん関係ねェ…お前だから、選んだんだ」
そう答えると、照れ隠しからか土方は総司の頭を自らの胸に抱き込んだ。

「せ、せんせ…」
青年の嗚咽交じりの声に、土方は腕を緩めて顔を覗き込む。
大粒の涙を引っ切り無しに流す総司を見て頬を緩めると、優しく笑んだ。
「総司、そんなに泣くんじゃねェよ…」

『総司』…そう呼んでもらったのは、初めてではないだろうか。
驚きと嬉しさから、その綺麗な顔をぼやけた視界で必死に見つめていると、徐々に近付いてくる。
気の所為かと目を凝らしていると、その彼が軽く笑い、涙を拭ってくれた。



「目ェ、瞑れよ…」
慌てて視界を暗転させると、先生の吐息を感じ、次いで柔らかいものが唇に触れた。
初めてのキスは、先生からの優しさでいっぱいだった。
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ちょっと中途半端っぽい終わり方ですみません。2人はまだ手を繋いだりした事しかないという、初々しい状態だった設定です。
この話はGちゃんに元ネタをいただきました!私はGちゃんが語るものをひたすらメモってたようなもんです。笑
Gちゃん、ありがとう…!そんな訳で、初めての学園パロでした〜。楽しかったです◎ (2006.6.3upload)