願いと憧れと |
昨年、春を迎えようとする頃に試衛館に来た子供が、1年を経て漸く馴染んできた。
馴染んでくれば、気になる事に対して気兼ねなく解釈を求め始める訳で… 今日も何かを見つけたらしい。 別室で体を休めていた歳三の処までわざわざやって来たようだ。 ぺたぺたと音をたてながら、時折、廊下に小さな振動を伝えて軋ませながら近付いて来る。 ―現在、歳三と宗次郎は日野に滞在している。 行商の帰りに立ち寄った試衛館で、勝太から義母による 宗次郎への嫌がらせや折檻の話を聞き、一時的に預かってきたのだ。 市ケ谷で会った時も、その様な事は一切感じさせなかった宗次郎だが、 やはり辛さは隠しきれていなかったらしい。 この数日で、宗次郎の見る方が苦しくなるような作り笑顔を見る事はなくなってきていた。 その事に関してはとても喜ばしく思う歳三だが、 やはり子供の相手は苦手で…それとこれとは、別の話だ。 (うわ、また来やがった…) 接近する足音に、内心で辟易しながら狸寝入りを決めこんだ歳三は、 彼が部屋へ入ってくるであろう方角に背を向けた。 程なくして、歳三の転がる部屋の障子がそろりと開けられる。 足元には気を配っている様だが、何に対してか、『しぃー』などと声をたてている。 いかに小さくとも、静寂を促すその言葉こそ目立ってしまうのだとは、未だ気付かぬらしい。 珍しく覗かせた、年相応の可愛らしさに思わず口元を綻ばせながら、歳三は寝た振りを続ける。 ややあって、歳三の顔を覗き込んで睡眠の中にある事を確認した彼から、遠慮がちに声がかけられた。 「歳三さぁん…ちょっと起きて!ね、起きて下さいよ!見て欲しいものがあるんです」 ―否、遠慮がちだったのは最初の一声だけだった。 歳三の体を揺さぶりながら耳元で声を上げるところからして、どうやら、余裕の無い話らしい。 日頃ならば、起きるまで待つのが宗次郎だ。 歳三は仕方なしに、わざと大げさな欠伸をして伸びをしながら、身を起こした。 ちらりと見た視線の先では、小さな頭に三角巾をした宗次郎が膝に子猫を抱いて、瞳を輝かせている。 「…で?」 歳三は、連れて来られた風呂場で頭を掻いた。 宗次郎が何をしたいのか、さっぱり掴めない。 「お掃除のお手伝いしようと思ったんですけど…この葉っぱ、なぁに?」 指の示す先を見れば、水の張られた桶に細長い葉が何房も浸かっていた。 「あぁ、菖蒲の葉だな。今夜、風呂桶に入れるんだ」 「お風呂?お花を?」 「葉だけさ」 意味が分からないと表情で表した宗次郎が、小首を傾げている。 (あぁ、こいつ、端午の節句を知らねぇんだな…) 「無病息災のまじないだ」 その頭をぽんぽん叩いてから歳三は踵を返し、小さな背を押して促した。 「部屋の掃除してたんじゃ、他にも変なもん見ただろ?」 斜め後ろを歩く歳三を見上げながら、宗次郎はこくりと頷いた。 そのまま奥の部屋に飾られた鎧兜の前まで来ると、宗次郎は不思議そうな表情を歳三に向ける。 「これはー?立派な兜!」 「兜を飾って、男子の成長と立身出世を願うんだ」 「ふぅん…」 歳三にとっては、これは夢の象徴のようなものだった。 幼い頃は、本気でこの行為によって立身出世できるのだと信じて、 4月も半ばになると、早く飾るように病床の母や姉にせがったものだ。 そんな鎧兜をどこか興味の無さそうに眺める態度から、 歳三は言葉の意図が伝わらなかったのかと思ったが、そういった訳では無さそうだった。 (兜を目にしても、感動しない男もいるんだな…) 欲の無い宗次郎には、立身出世を願う気持ちなど分からないらしい。 自分と宗次郎の違いに半ば感心しながら、 歳三は隣の部屋の縁側に宗次郎を座らせ、自身もその隣に腰を下ろした。 「さっきの菖蒲湯と兜飾り、後は鯉幟(こいのぼり)と柏餅なんかで祝うんだ。 この男子の成長と出世を願う5月5日の祝いの事を、端午の節句と呼ぶ」 「鯉?お餅?」 実際に目にしていない物が気になるらしく、単語を拾った宗次郎が聞き返した。 「鯉幟は、立ててねぇんだがな…柏餅は後で姉上からもらえ。調達してきた餅米で、多分、作ってる筈だ」 そう答えた時、通りすがって声を聞きつけたらしいおのぶが部屋に入ってきた。 「歳三…分かっているなら、少しは手伝ってくれてもいいのでは?」 手伝いに行かされる歳三に付いて行こうとした宗次郎であったが、必要ないと留められて、再び腰を下ろした。 その隣には、今度はおのぶがいる。 大好きな歳三の姉であるおのぶは、しばらく姉に会っていない宗次郎にとって、 どこか懐かしく、傍にいて安心できる存在でもあった。 「大きい兜ですね!」 言いながら、宗次郎は彼女に無邪気な笑顔を見せた。 「昔、歳三の為に用意したものなのだけど…宗ちゃんが来るって聞いて引っ張り出したのよ」 「じゃあ、歳三さんの兜なんだ!」 歳三の名を耳にするだけで喜ぶ宗次郎は、おのぶにとっても弟の様な存在だった。 本当は頭を撫でてやりたいが、兄弟でもないのに、 武士である宗次郎の頭を撫でるのは気が引けて、おのぶは上げかけた手を戻す。 「…そういえば、歳三が生まれた日にも兜が飾ってあったわね… そうだわ、確か、歳三は端午の節句に生まれたのよ」 それを聞いた宗次郎は、目を輝かせておのぶを見上げた。 「それなら、歳三さんは、男の日に生まれたんだね!だからすごいんだ! …僕はいつ生まれたのか分からないけど、歳三さんみたいになれるかな」 不安げに頭を垂れた宗次郎の様子に驚きながら、おのぶは今度こそ、彼の頭を優しく撫でた。 「宗ちゃんなら大丈夫よ!歳三なんかより、もっともっと素敵な男性になるわ」 その後、嬉しそうに柏餅を頬張った宗次郎が、瞳を輝かせて歳三にこう言った。 「僕も歳三さんみたいに、強い男になる!」 やや面食らった歳三であったが、おのぶから先の会話を聞いて、 照れ隠しに不機嫌そうな表情をしながらも、宗次郎の頭をぽんぽん叩いた。 「まぁ…頑張れよ」 「うん!」 その夜、歳三の部屋に布団を並べて敷いた宗次郎は、 縁側から月を見上げている歳三の背に声をかけた。 「歳三さん…そういえばね、若先生はまだ桃の節句の人形を飾ったままなんです」 「は…?出しっぱなしは、嫁に行き遅れると言うが…勝っちゃん、知らねぇのかなぁ…?」 「じゃあ、帰ったら僕が教えてあげるね!」 「おう。そうしてやれや」 「うん!」 試衛館に未だ飾られている雛人形… 宗次郎に悪い男の手がつかない様にと祈る勝太の思いを、当人たちは知る由もなかった。 |
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久々に書く話がこれか!って感じですが…歳三さんのお誕生日祝いということで、宗次郎と戯れさせてみました◎笑 宗次郎が一方的に慕いまくってる設定ですが、こんな事を言われたら、あんま好きじゃなかったにしても可愛く思えちゃうだろーなぁvv 1日遅れですが…土方歳三さん、生まれてきてくれてありがとうございます!(2007.5.6upload) |