傍にいる幸せ −土方sideー |
今日も吉原で夜明けを迎え、欠伸を噛み殺しながら帰路を急いでいた。 (やべ…早く帰らねーと、勝っちゃんがまた怒るなぁ…) 少し雲が多いためか夏の日差しが和らいでいるが、早足ではやはり汗ばむ。 朝市で盛り上がる通りを抜けると、まだ早いと言うのに元気に遊ぶ子供たちが目についた。 日頃は夕暮れか夜明け前に通る為に人気が無い道も、 日中となれば随分多くの子供たちが駆け回っているものだと、ちょっとした驚きを覚える。 そうした子供たちの行動に気付く様になったのは、宗次郎に出会ってからだ。 ただ単に煩いと感じていた元気な声も、今では微笑ましく思う。 ふと、頭の中にあの小さな可愛らしい姿を思い浮かべる。 (今日はどうやってちょっかいを出してやろうか…) 意地悪く思案しながら歩いていると、瓦屋根の長屋に囲まれていた景色は、やがて一面の緑に変わる。 小石の転がったあぜみちから臨めるのは、高く上り始めた日に輝く稲ばかり。 ふと前方を見やると、道から少し外れた場所に古ぼけた社とそこ貼りついている、小さな背中に気付く。 豊かな黒髪を高めの位置で1つに括り、膝丈の着物を纏っている。 足元には、野菜が詰まった籠。 あれは、買い出し帰りの宗次郎ではないだろうか。 壁に貼りついたまま、端に寄ったり戻ったりを繰り返している。 急ぎ足で近付くうちに、何かの様子を覗き見しているらしいと分かり、そのうち楽しそうな子供の声が聞こえてきた。 (あぁ、成程ね…) いくら背伸びをして我慢をしたところで、まだ9歳。 一緒に遊びたいのだが、殆ど家の外に出されない日々を送っていたうえ、現在周りにいるのは年上ばかり。 同年代の者にどう接したら良いのか分からないのだろう。 「お前、見てないで混ぜてもらえばいーじゃねェか」 静かに背後に忍び寄ると、宗次郎の耳元で呟いてやった。 すると、思いきり体を震わせ、反射的に振り返る。 宗次郎は元々大きなその目を更に見開いていたが、俺の姿と認識すると、安堵に表情を緩めた。 「何だぁ、土方さんですか…」 「何だ、とはご挨拶だな」 苦笑しながら頭をぽんぽんと軽く叩いてやると、少し目を細めて微笑む。 宗次郎が覗いていた先からは、『かーごめ かごめ〜』と子供たちの歌う声が聞こえてくる。 先程まで彼がしていた様に覗き込むと、5〜6人程の子供が無邪気に戯れていた。 「あいつらと一緒に遊びたいんだろ?」 「…ううん」 一瞬、躊躇したものの、頭を横に振りながら応えを返す。 素直でないその態度をかわいくないと思いながらも、楽しく遊ばせてやりたいと思う。 「じゃあ、俺が頼んできてやるよ」 俺は全くの好意でそう告げて、社の向こう側へ行こうとしたのだが、着物の裾を強く引かれた。 「だ、だめ…!呼んじゃやだッ!」 両手で着物を掴み、哀願するような瞳で俺を見上げながら頭を振る。 何も、そこまで必死に止める必要は無かろう。 若干苛立ちながら、仕方なしにしゃがんだ。 「なんで」 「…お遣い頼まれてるんです」 「じゃあ、俺が持ってってやるから」 「土方さん、試衛館に帰るところですか?」 そうだ、と頷いてやると、あいつは目を輝かせて笑った。 俺の台詞に安堵して、遊ぶ気になったのだろう。 良いことをしたと柄にも無く思ったのだが――― 「じゃあ、僕も一緒に帰ります」 この宗次郎の一言で、珍しい俺の好意は踏みにじられた。 「何でだよ!」 「いいんです。おかみさん待ってるし、お洗濯もしてませんから」 笑みを崩さぬまま言い放つと、振り返って買い物籠を手にして、一人であぜみちへと戻って行く。 俺はしばらく屈んだままその背を見送っていた。 自分が荷物を持って行ってやると告げた時は確かに、心からの笑顔を浮かべていた筈だ。 だが、その後は少し不自然になっていた気がした。 何故だろう。気にかかって仕方ないが、ああ言い出しては、無理に聞き出すのも難しい。 基本的に従順なくせに、時にとんでもなく頑な少年は、重そうな籠を両手で抱えてのろのろと歩いていた。 (仕方ねぇな…) 俺はふっと小さな溜め息をついて、立ち上がった。 彼に対する甘さには自分でも驚く事が多いのだが、それは心地よさを伴っている。 その気持ちの所以を自分は気付き始めているはずだが、もうしばらくは知らない振りをしていようと思った。 体勢を右に崩しながら歩く宗次郎に追いつくと、その籠を掬って取り上げてやる。 よくもこの小さな少年にこれだけの買い物を頼めたものだと思う程、籠は重かった。 いい年をした大人が、大した苛めをするものだと半ば感心しながら呆れ果てる。 俺は籠を右手に持ち替え、驚いて見上げた宗次郎に左手を差し出してやった。 すると、宗次郎はおずおずと右手を乗せる。 その手を強く握り締め、彼を見下ろして口角を上げて笑ってみせると、返されたのは極上の笑顔だった。 |
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web clapで公開していました。初めて書いた歳宗作品です◎(2005.12.31up) |