「…ひじかたさん」



「何だ?寒いんだから早く来い」

片手で暖簾を上げ、今にもくぐろうとしていた土方はうんざりしたような表情を隠しもせず、総司を振り返った。
今まで前を通り過ぎることしかなかった立派な門と有名旅館の札を前に、
彼は高揚感よりも漠然とした不安を感じ、立ち尽くしていた。

「本当に…ほんとに、こんなところに泊まっていいんでしょうか…」





大つごもり










「土方さん、この金魚見て下さいよ!これが大和郡山の金魚なんでしょうか?豪奢ですね」

通された部屋から小さな中庭を覗く総司は、はしゃぎながら、火鉢にあたる彼を振り返った。
何故そんなものに夢中になれるのか分からず、土方は視線も向けぬまま火鉢の炭を弄る。

「金魚なんて江戸でも売ってるじゃねぇか」
「金魚って、大和郡山が一番多く飼育してるそうですよ。この前、為三郎と勇之助が教えてくれたんですよ」

得意になって話す八木家の子供たちを思い出したのか、総司はくすくすと笑いながら土方の隣に冷えた体を置いた。
先日、八木家の庭の池を子供たちと見下ろしていた時にそんな話をしていたのかと思うと、
いくつになっても相変わらず宗次郎のままなのだなとどこかで安堵しつつ、心配にもなる。
そんな土方の心境など露知らず、体ばかり大きくなったような総司は両手を擦りあわせながらにこにこと座っている。


「はー、寒い。それにしても、今日はどうしたんですか?あんな美味しい蕎麦をご馳走してくれて、こんな宿まで。
 近藤先生に泊まるって言ってきませんでしたよ。あ、先生も誘えばよかったな」

「馬鹿言え、勝っちゃん連れて来てどうすんだよ!八木家じゃ落ち着けねぇから来たんじゃねぇか…」

いい勢いで否定し始めたものの、それが己の目的を口にするようで憚られ、徐々に尻すぼみになった。
総司も勿論、その辺りは酌んでいる。

「ええ、冗談ですよ。大御番頭さんは40両支給ですもんね、たまには甘えてみてもいいか」
掴まれた手首を引かれるまま、土方の体に凭れかかった。




















「今年は本当に色々ありましたね。随分と遠くまで来ちゃったし」
「そうだな」

情事後特有の充足感と気だるさに任せたまま、
総司はうつ伏せになり、両手で頬杖をついて足を遊ばせた。


気付けば、遠く、除夜の鐘が鳴り始めていたようだ。



「いいことも沢山。壬生の人達とも仲良くなれたし、守護職からも認められて近藤先生も嬉しそうだし」
「そうだな…」

「土方さんは京でも大人気で、もらった恋文をお土産と一緒に日野に送りつけて―」
「おいッ!お前、何故それを…!?」
驚きのあまり、思わず土方は身を起こした。
確かに先月、縁談をしつこく持ちかけてくる故郷の姉への牽制のため、自分が受け取った恋文を送ったのだ。


総司は女性との関係について嫉妬しようとも、決してそれを責めたりはしない。
武家の妻ほど黙って耐える訳ではないが、大抵は軽口を叩いて状況を見守っている。
にこにこと笑んだまま答えようとしない総司の口を割らせることは不可能だと理解し、
土方は目を閉じて大きくため息をついた後、傍らの総司の頭をくしゃっと撫で回した。


「さっきから人の事ばかり言っているが、お前にだって色々あっただろ」
「うん…でも、副長ほどじゃないですよ」
そこまで言うと、片方の腕を戻し、隣の土方を見遣った。

「きっと、土方さんはこうしてどんどん変わっていくんでしょうね…」
そう呟くと、総司は欠伸を噛み殺した。



「お前、寝ちまいそうだな…三十日の夜に早く寝ると、白髪になるからな」
「そんな迷信、土方副長が信じていたんですかー?みんなに言っちゃおうかな」

相変わらず笑ってはいるが、総司の呂律が微妙になってきている。
どさくさに紛れて飲ませた酒の量が多すぎたのかと、土方は密かに落胆した。










しばらくすると、ほぼ定間隔で打たれていた鐘の音が止んだ。
聞くとは無しにそれを耳にしていた総司はゆっくりと枕に預けていた頭を上げる。

ややあって、一際大きな鐘の音が響き渡った。
余韻が完全に鳴り止んだであろう頃まで待てども、次の音が鳴る気配はない。

「あ…除夜の鐘、鳴り終わりましたね」
「ああ。新しい年が始まったんだな…」


年始の決まり文句を口にしようと隣を見て、何故か土方が拳を握りしめていることに気付いた。
恐らく、新年を迎えるに際して誓いを新たにしているのだろうと感じた総司は、
そのまま声をかけずに、目を閉じた精悍な横顔を見つめた。





―土方さんはきっと、変わっていかなければならないんだ…
  自分らしくいられる場所があるように、私だけでも昔のまま、隣で笑っていよう―

「…帰り道、忘れないように」





ぽつりと呟いた言葉は、傍らの土方の耳に届いていたようだ。

「なんか言ったか?」
「いいえー?あけまして、おめでとうございます」

そう言って笑んだ後、総司は土方の口をそっと吸った。

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近藤さんとの夢のため自分を殺して鬼副長に徹した土方さんの為に、沖田さんはわざと子供らしい振る舞いをしたりしてたんじゃないかなー…
我慢してばかりじゃ、いつかきっと壊れてしまうから。少しでも昔のように気楽に笑える瞬間があるように…
沖田さんなりに土方さんの心を守ろうとしてたのかなとか妄想して、うっかり1人で萌えました。それでは皆様、よいお年をー◎(2008.12.31up)