元旦


いつも通り俺を起こしにきた総司は、手際よく俺の部屋の障子を空けていった。
その音に目を覚ました俺は、まず自分の布団の中を手で探った。
―そこには、冷たい布団の感触しかない。
昨夜も散々味わった記憶があるから、総司は恐らく、夜中のうちに抜け出して自室に戻っていたのだろう。

そんな事を考えながら相変わらず布団に潜っているのだが、
普段は「おつむにキノコが…」などと言ってくる総司が今日に限って黙ったままで居る。

何故黙り込んでいるのだろうと思い、欠伸を噛み殺しながらそちらを見やると、
総司は現在進行形で昇る太陽の光を背に受けながら、こちらを見て端座していた。
俺が頭を掻きながら上半身を起こすと、両膝の前に3本指をついた。

「新年、おめでとうございます」
言いながら総司が頭(こうべ)を垂れると、結われていない髪の一束がさらさらと動いた。
背に受けた光は、総司の細い身体を強調させ、
その髪の艶をいっそう美しく見せる、ただの引き立て役でしかない。

やがて身を起こすまでの無駄の無い所作の美しさに、俺はただ見惚れていた。
黙りこくった俺に、総司は少し首を傾げて微笑む。
「土方さん?」
「あ、ああ…」

とりあえず曖昧に返事をするが、俺は、今日が元旦であったかどうかさえ覚えていない。
「ぼーっとしてますねぇ…いかがですか、三十路も半ばを迎えたお気持ちは?」
次いで総司が言った言葉は、今日が元旦であることを再確認させるもの。

「…そんな歳になった実感はねェ…」
俺は少し覚醒し始めた頭で漸く返事をすると、下半身は遊ばせたまま、総司の肩に手を伸ばした。
「?」
それに合わせて背を丸めた総司の頭の後ろに手を差し込んで、引き寄せて軽く口付けると、
ただ触れるだけの接吻だというのに総司は微かに頬を染め、嬉しそうにそっと微笑んだ。
すると、後ろに差す光の所為だろうか―何故か、その光の中の笑顔が儚く見えた。

俺は頭を振り、身動きしない総司の膝を枕にして、再び寝転がった。
「お前が傍にいる実感なら、いつでもあるんだが」
総司を見上げて、その髪を指に絡めながら言う…何故だか分からないが、言葉にしたかった。
そうしなければ、このすぐ傍にある温もりが、自分の元を離れて行ってしまうような気がして。

だが、俺の危惧には全くお構いなしに、総司は苦笑して返した。
「当たり前でしょう、実際いるんですから…それより、起きてって言ってるのに」
「いいじゃねェか。正月くらい、のんびりさせろよ」
えー、と何故か総司が非難する様に言った。
それを聞いて、初詣に合わせて日中の巡察を3番隊に命じた様な気がしてきたが、
未だ覚醒しきらぬ頭だから、と知らぬ振りをする事にする。

2人で視線を絡めたり、吹き込む風に身震いしてみたり、何もしない穏やかな時間。
暖かな陽光を浴びて過ごすこの穏やかな時間は、何物にもかえがたい。

「たまには、お前を見上げるのもいいなァ」
「私は落ち着かないです…」
総司は、ひたすら追っている俺の視線から逃れる様に、顔を上げた。
そっぽを向いた総司の顔を見つめながら、俺はぼそりと呟く。

「お前も、もう24歳か…」
随分と永い時を共有してきたのだな、と改めて思う。
やはり全体的におなごの様に繊細な印象がするのだが、
いくらか男らしい芯のある美しさも増してきた様な気がする。

24歳の自分はと考えてみると、宗次郎を手に入れた頃ではなかっただろうか。
元服まで床入りはしないと約束したため、その年の元旦に契りを交わしたのだ。
総司は覚えているか分からないが、俺はまだ鮮明に思い出せる。
総司の表情、声、漸く彼を手に入れた自分の喜び…忘れるはずもない。

「ええ。いい加減、子供扱いは止めて下さいね」
「…そうだな」
少し膨れるようにして総司が言った言葉に俺が真面目に答えてやると、総司は驚いて視線を下ろした。
「何だ、不服か?」
「い、いえ…でも、あなたがそんな素直に受け入れてくれるとは思わなくて…」
確かに罠にかけるつもりで返した言葉なのだが、それに気付いたところで総司は切り返せやしないだろう。
その言葉の裏にあるものを恐れて不安に揺れている瞳が、俺の嗜虐心をひどく刺激する。

「子供扱いはもうしねェ、約束する」
そう言って、俺の肩に添えられていた総司の手を摘み取り、うつ伏せになって正面から総司を見上げると、
次の言葉を恐れて、総司は怯えた瞳で俺を見つめていた。
―何故こいつは、これ程までに煽欲的な瞳をしているのだろう。
俺は辛うじて理性を留めながら、戯れに、手の甲に口付けてやる。

「これからはいつでも、ちゃんと恋人扱いしてやるよ」
「な、何言ってるんですか!?」
そのたった一言で総司の体温が一気に上昇するのが、触れた手から伝わる。
総司は慌てて手を引こうとするが、俺は拘束を強めて離さない。

一体、幾度の夜を共にしたと思っているのだろう。
未だに純粋で初々しい部分を保持している総司が、たまらなく愛しい。
「何だよ、望み通りだろ?」
「や、止めて下さいよ!みんなに知られちゃいます…!」
総司は俺の手を離そうともがきながら、それでも強く出られずにいる。

「別にいいじゃねェか。障子空けたままこんな事してる今も、大差ねェだろ」
俺の言葉に後ろを振り返った総司の体温は、今度は面白いくらい一気に下がった。
その変化に思わず笑いながら、「誰かいたか?」と問い掛けてやる。
今の時間は隊士全員を集めて稽古をさせているはずから、
誰かいたとしても、近藤さんと指南役以外の幹部なのだが、総司は恐らくそれを知らないだろう。

「早く教えて下さいよッ…!」
大慌てで俺の両肩に腕を突っぱねるが、俺は素知らぬ顔で腰に両腕を絡め、
強く引き寄せて、それから膝上に片頬を当てた。
「いいから、こうしてろよ」
その感触と温もりに安らぎを感じ、再び軽い眠気に襲われて呟くと、総司は漸く観念した様で力を抜いた。

しばらくそうしてから、総司の両手を摘んで引きずり倒し、体を横に寝かせて抱き締めた。
総司はそれでも開いたままの障子が気になるようで、足は後ろに放り出しているし、
腕も相変わらず俺の胸に突っぱねる形のままでいる。
俺としてはそれが気に食わないのだが、自分の思い通りにならない総司に、
先程感じた儚さに反する部分を見ることができて、多少安堵する。

何とはなしに俺が更に強く抱きしめると、総司は変化に反応して顔を上げた。
それを見下ろして優しく微笑んでやると、本当に小さく呟く声と共に、総司の腕が俺の首に絡められた。
「今年も一緒に迎えることができて…幸せです…」

俺はその細い顎に手を添えて持ち上げ、唇を吸った。
今年も離れることが無いように、と願いながら。

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あけましておめでとうございます♪ 2006年のお年賀記念小説です!元旦のお2人。
とりあえず、一緒に居る日常の幸せを描こうと思ったのですが…途中で自分が混乱してきて、失敗しました☆あは。(笑えないって)
ちなみに、この後すぐ2人の眠る部屋に近藤さんが近付いてきて、大慌てで飛び起きます。屯所でいちゃこきは止めましょう。笑
(2006.1.1up)