現の夢譚




「ねぇ、知ってます?」





情事後の気だるさに任せて褥に寝転がり、
僅かに開いた障子の隙間から外を眺めていた総司がぽつりと呟いた。

先を促すよう黙り込んでいた歳三は、彼が己の応えなくして言の葉を継ぐ気の無い事を知り、
小さく息を吐きながら仰向けていた体を返し、肘を立てた。
傍らで両肘をついている総司の柔らかい髪をさらさらと流して弄りながら、
歳三は面倒くさい気持ちを隠そうともしないまま、声を掛ける。

「何を」
「あのね、月にはうさぎがいて、十五夜には餅つきをするんですって」

総司は外を見つめたまま、着物の裾から覗いたしなやかな筋肉の付いた両足をゆらゆらと遊ばせる。
いつぞやに比べれば筋肉もついて男らしくなっては来たが、足首の細さやそういった行為、
更に先の様な発言を考えれば、やはり歳相応とは言えぬ幼さが目立つ。

あきれ返りつつも、そういうところが愛おしくて堪らない―
本音は口はせぬまま、歳三は口の端を吊り上げた。



「馬鹿だな、お伽を本気にしてどうする」
「分からないよ、お伽かどうかなんて。歳三さん、見た事ないでしょ?」
「ある訳ないだろ」
「じゃあ、やっぱり知らないんだ」

そう言った総司が少し得意気に歳三を一瞥すると、挑発的な視線に歳三もむっとする。
大人気ないとは思いつつも、黙り込んだら負けだという思いがあるため、ついつい反論してしまう。

「なら、お前は知ってんのかよ」
「そういう問題じゃなくて、―」
「証明できねェなら、どう言おうが自由だろうが」

歳三がとどめとばかりにそう言ってやれば、総司は頬を膨らませて再び夜空の月を見上げた。







時折「うーん…」などと呻りながら、目を閉じているその姿から、
もう眠気を催しているのだろうか…と微笑ましく思いながら歳三はその髪を梳く。

ここ試衛館の中で総司の部屋は外れに位置しているから、
誰かに見られる心配は無いだろうと思いつつも、慎重な歳三は腕を伸ばして静かに障子を閉めた。
すると、まるで狙っていたかのように総司は急に目を見開き、彼を見上げた。

「あ、分かった!歳三さん、かぐや姫を探せばいいんですよ」
「…は?」
「月の世界から迎えが来て、姫は帰って行くんでしょう?
 迎えがうさぎだったら、月にはうさぎがいて餅つきしてるって事になりますよね!」

目を輝かせながら見上げた彼の勢いに押されて歳三は一瞬黙り込むが、
冷静に考えてみれば、今度はただ呆然として二の句が次げなくなった。
(眠っている様に見えるほど真剣に悩んでたのは、そんな事だったのか…)

「…いくつのガキだ」
大仰に溜め息をつきながら呟けば、総司はしっかりとそれを拾っていた。

「お忘れですか?じきに20歳になるんですよ、僕」
「そうか。中身は全く成長しなかったと、そーゆー事か」
歳三が「ならば納得」などと一人合点で頷いてみせれば、
総司はむすっとした表情で歳三に背を向けて布団に包まった。
歳三にはまだまだ負けてやるつもりなど無いのだ。



「夢がないなぁ、歳三さんは…」

寂しそうに呟く総司を、同じ布団の中で暖をとっていた歳三は後ろから抱き締めた。
暖かい感触に、互いに張っていた意地も和らぐ…
歳三がゆっくりと彼の夜着の帯を引いても、総司は抗おうとはしなかった。

「夢なんか必要ねェ。大事なのは、この手に確かに掴めるものだけだ」
項を吸い、耳朶を甘噛みしながら歳三が耳元で囁くと、
総司はまだ華奢な肩を軽く震わせた。







快楽に意識が飲まれていく中で、総司は逞しい腕に抱かれながら繊細な顔立ちを見つめ、
その首に腕を絡めてそっと唇を吸った。
驚いて瞠目した歳三と目が合い、少し口元を引いて笑ってみせれば、
歳三もまたいつもの勝気な笑みを浮かべて、総司の口を吸うだけでなく、優しく蹂躙した。



(でも、知ってる。誰よりも一番大きな夢を抱いているのは、歳三さんなんだ…)
いつか彼の夢が叶えられることを月に願いながら、総司は意識を手放した。

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今朝、スーパーのチラシを見て月見話を書こうと思い至って書きあげました!って、月を見てないじゃんね…!汗
土方さんは理想が高すぎて、試衛館時代には周囲から夢見がちと思われていたんじゃないかと思うのです…
でも、勝ちゃんと宗次郎(総司)だけは一緒に夢見てた、とかいうのがいいと思います。理解者はいつもこの2人◎
タイトルは『うつつの夢』をもじって適当に付けちゃいました。こんな言葉ありません〜。 (2006.10.6upload)