星のかけら


「ね、土方さん!『きんぴらさとう』って何ですか?」
「…は?」



先日、随分と長引いた行商から戻り、しばらくは姉の嫁ぎ先である佐藤家に身を休める事にしたのだが、
やはり多摩ではできる事も限られる為、親友の過ごす市ヶ谷に度々通っていた。
今日も朝から、いつも通り道場で寝そべって暇を持て余す俺に、宗次郎は首を傾げながら問うた。
だが、聞き覚えのない言葉に眉間に皺を寄せながら、上半身を起こす。

「お部屋のくず入れのお掃除してたら、出てきたんです」
宗次郎は手にした紙袋を差し出しながら、言った。
受け取ってみると、その袋の中央部には大きく『金平糖』と書かれている。
思わず俺は吹き出すと、疑問を訴える大きな瞳を見上げて、視線を合わせた。

「お前、これは『こんぺいとう』って読むんだよ。
 しかも砂の字は入ってねェから、その読み方しても『きんぴらとう』だ」
文字を指で追いながら読み方を教えてやると、宗次郎はそれを追う。
ふーん、と言いながら落としていた視線を上げてきたので、俺はそれを拾った。

「…分かったか?」
「……」
宗次郎は口を少し開けたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
先日の竹とんぼの件を思い出した俺は、またしても有り得ないとは言えない状況に思い至った。

「…金平糖、知らねェのか」
その一言に、宗次郎は大きく頷いた。

いくら武士の子として厳しく躾けていたとは言え、子供に一通りの菓子くらいは与えるべきだったのでは無いか。
日頃は宗次郎の所作振る舞いや言葉遣いから、
その躾を感心して止まない沖田家の長女を、珍しく非難したくなった。
そんな点くらいは、子供らしくあるべきだろう。

「じゃあ、昼と夜にお前が飯全部食えたら明日買ってやるよ」
「本当!?約束ですよ!」
「ああ、飯を残さなかったら、だからな」
宗次郎は無邪気に微笑むと、仕事に戻るために背を向けたが、ふと疑問が沸いて慌てて呼び止めた。

「あ、ちょっと待て。それは誰の部屋から出てきたんだ?」
親友の近藤が金平糖を購入したのだとすれば、何粒かは宗次郎にやるだろうし、
大先生は宗次郎を可愛がっているから、へそくりで一袋は買い与えるに違いない。
残るは門人かあの意地の悪い大先生の奥方であるが…

「おかみさんのお部屋!お掃除の続きしてきますから、約束忘れないで下さいね?」
言うだけ言って去っていった宗次郎の背を見ながら、俺は少し驚いていた。
まさか、あの底意地の悪い女がこっそり金平糖を購入して嗜んでいたとは、
可愛らしい所もあるのだな、と俺は奥方に対する印象を幾分か和らげた。

それにしても、宗次郎は自分の仕掛けた釣りに素直にかかってくれたものだ。
あいつにとって難儀である『食事を残さず食べる』という事は、こうでもしなければ是正されまい。
勿論あいつが条件を守れるかどうかは別として、金平糖は買い与えるつもりであるのだが、
いい切欠になるだろうと我ながらその饒舌さに満足する。

「さて…今日の食事の量を増やしてもらうとするかな」
俺は起き上がり、台所へ向かった。





「あらぁ、お気になさらなくてよろしいですのに」
「いえ、いつもお世話になっておりますから」
歩くうちに、勝手口の辺りから例のおかみの声が聞こえてきたのだが、
それは宗次郎や歳三自身にかけられるものとは雲泥の差がある、優しげな声であった。
ちょっとした寒気を感じながら足を止めた俺は、その始終を視線に収める。

「宗次郎君はいつも当家の前まで掃き掃除をしてくれて、本当に助かっているのです。
 この様な物ですが、ぜひ渡しておいていただけたらと」
「いえ、礼儀の至らぬ内弟子に、またこの様な物をいただいてしまって…」

どうやら、相手にしているのは隣の武家の奥方の様だ。
落ち着いた雰囲気の着物を着こなす姿、礼儀正しい言葉使いと振る舞い、そして上品な顔立ち…
どこをとっても、自分の好みである。
思わず見惚れていると、その武家の女から性悪女へ白い紙包みが手渡された。
一体何であろうか。

「本当は宗次郎に直接渡していただけたらそれが一番かと思うのですけど、生憎と遊びに行ってしまって…」
「元気に遊んでらっしゃるのでしたら、それが何よりです。ぜひ今度、遊びに来るように伝えてくださいませ」
では、と優しげに微笑んだ隣の奥方は優雅に踵を返す。
手を振って返す試衛館のおかみは、その姿が見えなくなると周囲を窺って
その胸元に受け取った包みを隠し、屋敷の中へと姿を隠した。

その一挙一動を見ていた俺の心の中では、やはりいけ好かない奴だと憤りが燃え上がっていた。
宗次郎を『礼儀が至らない』と言っていたが、むしろ自身の方が礼儀がなっていないだろうし、
『遊びに行っている』と伝えられた宗次郎は、今も大量の仕事を背負わされて必死に働いているのだ。
雑務を押し付けている上に、その宗次郎に与えられた物まで横取りしようと言うのか。

しかし、そう思う反面、あの忙しさの中で隣の家の前まで掃き掃除をしていたと言う宗次郎がたまらなく愛おしい。
そこまでやらなければ、自分の自由になる時間も増えているだろうに。
欲の代わりに周囲への思いやりを持って生まれたあの子供の事を、少しでも分かってくれる人がいた事を嬉しく感じた。
俺は本来の目的をすっかり忘れ、宗次郎を探して屋敷内へと戻った。





「あ、ソージ!」
「?どうしたんですか、土方さん?」
漸く見つけた宗次郎は、客間の箪笥を拭いているところだった。
きめ細かい細工の成された取っ手も綺麗に磨かなくては、後でおかみに叱られるのだろう、
磨き終わった部分はまだ調達したばかりのような美しさをしている。

「お前、いつも隣の家の前まで掃除してたのか?」
俺が率直に疑問をぶつけると宗次郎は手を止めて少し驚いた表情をしたが、すぐに応えを返した。
「はい。隣のおうちの前まで掃いても、大して変わりませんから」
「…隣の家の人には会ったことあんのか?」
宗次郎は、何故その様なことを問われるのか不思議でたまらないという表情を浮かべながら、うんと言い頷いた。
…この様子だと、彼女が訪れた事など知らないのではないだろうか。

「さっき、お前に会いに来てたぞ」
「え、本当ですか!?」
自分の言葉に目を見開いた。やはり、宗次郎は彼女の来訪など全く知らなかったのだろう。
おかみとの会話から、幾度か尋ねてきている様だったが、それは知っているのだろうか。
そのことと差し入れについて聞こうかとも思ったが、折檻を受けながらもおかみを信じようとしている宗次郎を
あまり傷つけたくは無いと思い、それ以上は聞かぬことにしたのだが。

「前にも来てくれたみたいですけど、僕いなかったみたいで」
宗次郎は既に知っていた様で、自らそれを音に紡ぎだした。
どこか哀しげな雰囲気を漂わせた彼は、恐らくおかみが故意に来訪を伝えなかったのだと気付いているのだろう。

俺の予想が正しければ、隣家の奥方が宗次郎の為に持ってきた白い包みは、金平糖だろう。
自分の好物だからなのか宗次郎に嫌がらせをしたいが為なのかは分からないが、
それを宗次郎に伝えることなく処分したのだろう。
どちらにせよ、いい年をした大人がする事ではない。

「いいか、ソージ。次にあいつの部屋から金平糖の袋が出てきたら、俺に渡せ」
「うん。でも、どうして?」
必死に平静を保ちながら宗次郎にそう告げると、予想通りに何故という問いかけが返ってきたが、
俺はそれには何も応えずに、小さな頭を撫でてやる。

もし今回と同じ金平糖の白い紙袋が出てくれば、それはいつか、おかみに対する武器になるはずだ。
今、宗次郎に対する意地悪や虐待について何かを述べたとしても、言い逃れをするだろうし、
万一その場で認めたとしても、自分や親友がいない時の折檻がより厳しくなるに違いない。
それでは咎めたところで意味はないし、宗次郎の感じる必要のない罪悪感を深めるばかりだ。
行動に移すのは、もう少し宗次郎の身と心が強くなってから。
その時に、これは小さい事ではあるけれども、重要な証拠となって効するに違いない。





そして翌日。
宗次郎は条件通りに食事を残さず食べたため、俺は金平糖を買いに行っていた。
よく考えれば、おかみと隣家の奥方の会話に気を取られて、食事量を増やすように下女に頼むのを忘れていた。
これでは結局、あの頼りない体格をしっかりさせてやることはできない、と本意を遂げられなかったことに苦笑するが、
それなりの量を食べたことは評価してやるべきだろうか。

試衛館に戻ってくると、庭で洗濯物を取り込んでいた宗次郎は満面の笑みで俺を出迎えた。
「土方さん!こんぺいとう、買ってきてくれました?」
「ああ。ホラ、やるよ」
俺は懐から小さな紙包みを取り出すと、宗次郎に渡した。
あまり金は無いため昨日見つけた袋よりも小さいのだが、その点には全く触れずに宗次郎は大切そうにそれを受け取る。

「見てもいいですか!?」
「好きにしろよ」
宗次郎は「はいッ」と元気よく返事をして、袋を空け始めた。
俺がふと敷地の奥に視線をやると、親友が本当に嬉しそうな表情を浮かべてこちらを見ていることに気付き、
口元に笑みを浮かべて見返した。親友も恐らく俺と同じ様に、宗次郎に心から笑っていて欲しいのだろう。

「あれー?これが『こんぺいとう』…?」
「どうした、想像と違ったか?」
手にした一粒の金平糖を太陽の方へと伸ばし見上げている宗次郎は、
うんと答え、それから上を向いたまま俺に視線を移した。

「金平糖って言うから、金平ごぼうにお砂糖が付いてるのかと思いました」
「…そんな想像して、それが食ってみたかったのかよ…」
俺はその恐ろしい想像にいささか表情を強張らせながら、早く食ってみろと促した。

宗次郎は小さな一粒を大事そうに口へと運ぶと、きらきらさせた目を細めた。
「甘い…おいしいです!」
心底嬉しそうに俺に礼を述べる宗次郎に黙って舐めてろと返すが、相当感動している様で、
一粒舐め終わった後も次の金平糖を眺めている。

「見てないで、食えよ」
「でもこれ、お星様のかけらみたい!綺麗で勿体無いです…」
「また買ってきてやるから、どんどん食って大きくなれよ」
宗次郎の頭をぽんぽん叩いてやると、恥ずかしそうに頬を染めながら、こくんと頷いた。

星のかけら、か…自分が初めて金平糖をもらった時にも同じことを思ったような気がするが、
それについて綺麗で勿体無いなど、思いもしなかった。
俺は宗次郎の心の美しさにどうしようもなく惹かれていたのだと、今更ながら気付いたのだった。

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土宗で、金平糖の話でした−!近藤さんがエキストラにもなりきれない位、ちょい出ですみません。苦笑
傍にいる幸せ(web clapの作品)→春の蜻蛉→星のかけらと、土宗は何となくシリーズになってます。この話がキッカケで総司は甘いものが好きになり、後々土方さんはおねだりされまくって困る訳ですv 健気な宗次郎とへたれな土方さん大好きです☆笑顔   (2005.11.26up)