楓 (壱) |
時が流れるのは早いもので、つい先日、気だるい夏の訪れを恨めしく感じていたというのに、既に秋が巡ってきた。 晴れた空から注ぐ陽光は暖かいというのに、時折路地を吹き抜ける風はたまらなく冷たい。 枯葉を纏った風に喉を痛ませる事もしばしばであったが、総司はこの季節が決して嫌いではなかった。 ―こほッ… 今も、吹き抜けた風の一陣に咳を引き起こされた。 「大丈夫ですか!?」 その大した事も無い咳に、同行していた隊士たちは表情を強張らせて問いかける。 「すみません、大丈夫です」 巡察中であると言うのに、周囲の集中を妨げてしまったと思った総司は詫びを入れるが、 周囲が何故それ程までに自分に対して神経質になっているのか分からなかった。 確かに自分は風邪を引きやすいが、咳など誰でもすることである。 だが隊士たちは、京に来て最初の年だからであろうか、夏に幾度も体調を崩してしまった総司について、 土方から、何かあればどれほどささやかな事であろうとも報告を怠らぬように、と言い含められていた。 先日など、見回り中に発見した猫に手を差し伸べて、引っ掻かれてしまった事が報告されており、 連絡をする方も心配を隠さぬ風だったが、それを受けた土方も大仰に礼を述べていた。 彼らは、まだ年若い組長を心から尊敬し、心配しているのである。 「とりわけ不穏な感じもありませんでしたから、今日の巡察はこの位にしておきましょう」 その日も半刻ほどの見回りを行い、浪人も特に見当たらなかった為、屯所へ戻る事にした。 隊士たちの顔を見回しながら述べると、ふと、 その顔の向こうに見えた山が紅く染まっていることに気がつき、首を止める。 日野で見た山々は緑の葉や黄の紅葉をする種も多く含まれていたが、こちらの山は本当に赤く、紅く染まっている。 「………」 「…? 何を見てらっしゃるのですか?」 思わず遠くを眺めていると、隣からある隊士が同じ方向に視線を合わせながら問いかけてきた。 意識を運んでいた総司は、一瞬の狼狽を見せて返答をする。 「あ、いえ。鮮やかに紅葉しているな、と思いまして…」 「ああ、そうですね。今年は急に冷え込みましたから、鮮やかに染まっているのでしょう」 「そうなのですか?」 「ええ…身内の庭師が、そう申しておりました」 偉ぶるでもなく、淡々と情報を告げてくれた隊士に礼を述べると、屯所へと足を進めた。 頭の中は愛する男と紅葉狩りをしたいという思いで溢れて、自然と足を速めていた。 屯所へ戻ると、一旦自室に戻って羽織と大小を置き、すぐさま土方の元へと足を運んだ。 中からはひっそりとした話し声が聞こえるので、廊下の隅に端座して待っていると、程なくして近藤が姿を現した。 「おお、すまんな総司。そんな場所で待たせて…」 「いえ、来たばかりですから」 人の良い笑みを浮かべながらも申し訳なさそうな近藤に笑顔を返す。 すると、障子が開いたままの室内から聞きなれた不機嫌な声がした。 「おい、早く入って来いよ。風が冷たいだろう」 その声に総司は声を出さずに笑い、つられて近藤も笑みを深めた。 「では、な」 「お気をつけて」 短くそう述べて慌しく去っていく近藤の背を見送ってから、総司は部屋に入り、障子を閉めた。 文机に向かっていた土方は、いつもは自分が訪れても見向きもしないというのに、珍しく総司に向き直った。 その前に一定の距離を置いて端座すると、組長としての責務を果たすべく口を開く。 「本日は7名にて巡察を行い、異常なく終えました」 「ご苦労」 厳めしい面持ちで一言そう述べると、打って変わった表情で手を差し伸べてくる。 いつもとは違うその様子に総司は首を傾げながらも、されるがままに髪を撫でられている。 「どうなさったんですか?」 「…いや。忙しくて側に居てやれないから、寂しがってるんじゃないかと思ってな」 確かに、筆頭局長であった芹沢がいなくなってからの土方は忙しく、共に過ごす時間は減る一方だ。 とは言え、新たに新選組という名を拝命した隊の編成や行く末を考え始めてからの土方はとても楽しげであり、 総司にはそれが輝いて見えるため、とても邪魔をする気にはなれないのだ。 「寂しいですけど、あなたがこれ程までに楽しそうにしている姿は、滅多に見られませんからね」 総司の言葉に、自分が思っていた以上に自分を気遣ってくれていたという事に気付く。 「まぁ、正直言って面白いがな。 …お前、明日は非番だろう?」 「ええ。尤も、見回りしても何も起きないから、いつでも非番みたいなものかも」 あまりに素直に本音を言ってのけた総司に、流石の土方も苦笑いをしてしまう。 確かに、京の町を見回ってはいるものの、大した成果を得られてはおらず、 会津藩士の中には自分たちを口汚く言う者もおり、先日もそういった嫌味を小耳に挟んだばかりである。 「ならば、明日は久々に一緒に過ごせそうだな」 疑問を満面に表していた総司は、表情を笑顔に塗り替えた。 思い通りの反応を示した恋人の背中に腕を回し、胸元に引き寄せると、喜びに輝いた瞳で見上げてきた。 「本当!?お仕事は大丈夫なんですか?」 「ああ。今日もあと少しで終わるから…今夜は久々に抱いてやろうか」 相変わらず髪を撫でつけながら耳元で囁いてやると、一気に耳まで染める。 次の台詞は大方、ふざけないでください、何言ってるんですか、の どちらかだろうと土方は想定するが、勿論聞いてやるつもりはない。 「…それも、いいですけど……外出したいです」 「―外出?」 土方にすれば、全く思いもよらなかった反応である。 交わりを拒むことの方が多い総司がそれもよしと言った上、外出がしたいなどと言う。 その意図が掴めぬ土方は、苦りきった表情で総司を見つめた。 「遠くの山の紅葉が、すごく綺麗だったんです。近場でいいから、一緒に見に行きたいなって」 「あぁ、成程。それは気付かなかったな」 紅葉など思いもよらなかった土方は、ようやく外出の意を理解して頷いた。 その土方を見て、総司は満足そうに微笑む。 「私も今日気がついたんです。今年は特に綺麗なんだそうですよ」 だから、と言葉を続ける総司の顎を軽く持ち上げると、土方は優しく口付けた。 言葉を飲まれた総司は抵抗も無く、従順にそれに応えた。 「ならば、明日は紅葉狩りに出掛けるか」 長い口付けに乱れた呼吸を整えようとしている総司に、そう言葉をかけてやると 満面の笑みと共に強い抱擁が返された。 京に来たのは警護が目的であるから、物見遊山の類は一切無かったし、総司と街を歩いた事も無かった。 たまには、京都の見物をしてみてもいいだろう。 今宵、恋人を抱くことができないのは残念であるが、翌日は存分に楽しませてもらおうと内心でほくそ笑んでいた。 |
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突発的に書き始めた、土沖の甘々話です。暗い要素は一切なく、ただ単に幸せなデェトしてもらう予定。笑 秋の京都、私も行きたいなぁ…(2005.11.6upload) |