欲しいのは…


今日は、1月の2日。
普通ならば、翌日までの三が日は穏やかにゆっくりと過ごそうと思うものであるが…
歳三は障子の向こうから聞こえる、硬い音と人々の叫び声に目を覚ましたのであった。

とりあえず火鉢を熱し、再び寝ようとしたのだが、どうにも煩くてかなわない。
二度寝に入ることができず、苛立って体を起こした時、とんでもないタイミングの良さで障子が空け放たれた。

「あ、土方さん!今日はお早いお目覚めですね!」
飛び込んできたのは、言わずもがな、怖いもの知らずの沖田総司であった。
うっとおし気に土方が目を向けると、たすきで袖を縛り、白い着物を少し乱れさせた姿が捉えられた。
「この寒い中、何してやがる!早くこっち来い!」
土方は大慌てで立ち上がり、起きてすぐに火をつけておいた火鉢の前まで引き寄せた。

「止めて下さいよ。私いま暑いんですから」
「そんな格好で何言ってんだ!熱でもあるんじゃないのか!?」
素早く布団をその背に掛ける土方の忙しない行動を面白そうに眺めながら、総司は堪らず笑った。

「ほんとに心配性なんだからー。今日は、みんなではねつきしてるんですよ」
その言葉を聞いて、漸く土方はその動作を停止する。
「は、はねつき…?」
「ええ。土方さんもいかがです?」
「…何故、そんなものが…」
土方の意味する『何故』には、それは女の遊びだろうという意味も含まれているのだが、
無邪気な笑顔を見せる総司は全く気付いていない様子で、その経緯について語り始めた。

「八木さんの処の勇五郎が、好きな子と一緒に遊びたいからってやり始めたんですよ。私も試衛館に入る前は、
 姉上とやっていましたから、教えてあげてたんです。そのうちに懐かしくて、楽しくなってしまって…」
「それが隊士に伝染した訳か」
土方が失念した様に溜め息混じりに言うと、総司は大きく頷いた。
一番隊の組長がその様な事をしていては一般の隊士に示しがつかないうえ、
彼が平隊士に誘い掛けるのだから、タチが悪い。

真剣そのものである総司に怒る気も薄れた土方が黙り込むと、総司は小首を傾げて微笑みかけた。
「土方さん?一緒にやりましょうよ」
「馬鹿野郎。そんな子供と女のする遊びなんて誰がするかよ」
片手で煙管を取りながら、空いた手をひらひらさせて出ていけと示すが、総司は動かない。

一口吸い込んでから総司を見ると、何だか見下す様な視線をこちらに送っていた。
目が合うと、視線はそのままに口を開いた。
「さては土方さん…弱いのでしょう?」
「…は?」
土方は総司の言葉の意が分からず、疑問をそのまま言葉に表した。

「苦手だから、女の遊びって言って避けてるんじゃありません!?」
「馬鹿!そもそも、んな遊びやったコトねェよ!」
総司の言葉につい負けず嫌いな性格が出てしまい、歳三は怒鳴る様に言い返した。
すると総司は笑って、こう言ってのけた。

「何だぁ、初めてなんですか。じゃあ私が教えて差し上げますよ」
「必要ねェよ!あいつらに、もっと静かにやれって言っとけ!」
そう言うと、総司は口元に人差し指をあてて何か思案し始める。
…部屋を出る気は一向に無いらしい。

うんざりした歳三が怒鳴ろうとした時、総司は大仰に手を合わせた。
「じゃあ土方さん、賭けをしましょう!普通は、勝った人が負けた人の顔に墨で落書きをするんですけど…」
「その割に、おまえは塗られてねェな」
「ええ。負けませんもん」

平然と応える総司に、土方は道理にかなった言葉を返すのだが…
「無敗を誇るおまえとなんて、誰がやるかよ」
「じゃあ、負けた方が相手の言う事を聞くのってどうです?」
その発言を完全に無視し、またしても勝手に話を進めていく。
土方はとにかく無視して追い出そうと思ったのだが、
よく考えてみれば、総司が自ら『言うことを聞く』などという条件を出すことは滅多に無い。
相当自信があるのだろうが、これは好機と呼べるかもしれない。

「ま、そこまで言うなら付き合ってやってもいいが…」
「本当!?」
総司は目を輝かせた。
「ああ。条件忘れんなよ」
「武士に二言はありません!」
腰に両手を当ててきっぱり言うと、後で時間を連絡しますと残して去って行った。
大方、練習にでも向かったのだろう。歳三は静かになったことを喜びながら、煙管を置いた。



そしてその日の夕刻、2人は日頃訓練を行っている屯所の広場で対峙していた。
周囲には何故か大勢の隊士たち。隊士達は勝手に集まったのだろうが、何やら非難する様な視線を背に感じる。

総司が近づいてきて、可愛らしい鞠が描かれた羽子板を渡された。
「この線が境界線ですから、ご自分の陣地に落ちない様に気を付けてくださいね。5点先取で勝ちにします」
「分かった」
土方が言い返すと微笑んだが、その直後、一瞬で笑みを隠した総司は殺気を孕んだ瞳で睨みを効かせた。
今この時に考える事ではないと分かってはいるが、
初めて自分に向けられた殺気に総司の成長のほどを感じて、歳三は嬉しく思ってしまう。
つい口元で笑うと、総司が第一打を飛ばしてきた。

おなごがするような優雅なものでは無く、直球で弾丸の様に飛んでくる羽根。
…これに火薬を詰めたら、銃よりも強力なのでは無いだろうか。

土方は、可愛い総司が万一けがをしては困ると思って、それを打ち上げる様にして返した。
すると、総司は彼の思いやりなど考えもせず、渾身の一撃を放った。
その行為自体に衝撃を受けた土方は動けなくなり、羽根は低い軌跡を描いて、彼の股の間を潜り抜けた。
…あと少し高ければ、急所を掠めていたに違いない。
土方は想像するのも恐ろしい事態を思い、彼にに怒鳴りかけようと顔を上げたのだが、
そこには不敵に笑う恋人がいた。…こんな表情は、見たことがない。

「土方さん、見くびらないで下さいよ。本気でどうぞ」
「てっめェ…上等だ!!」

こうして仕方なく挑発に乗ってやった土方と総司の、試合と言うよりは死闘に近い勝負は、
一進一退の攻防で、開始から半刻が経った頃に漸く最終戦を迎えた。

「やりますね…さすがは土方さん」
「は、おまえには負けねェよ」
減らず口を叩くものの、お互いに疲労の色が濃い。
あまり長引かせて、総司に負担をかけてはまずいだろう。歳三は早めに終わらせる方法を思案し始めた。

容赦の無い弾丸の様な直球を送り込む総司と、優しく打ち上げて返す土方。
彼を思いやってずっとそうしてきた土方は、羽根が高めに陣地に侵入したのを狙って、総司の陣地に低く叩きつけた。
「わッ…!」

―これは返せまい。
そう思い、土方はほくそ笑んで総司を見たのだが、その瞬間に少し肌けた衿からのぞく胸元に沢山の鬱血が見えた。
確かあれは、大晦日の夜に自分がつけたものだ。

…まずい。
それを見て、総司は俺のものだと知らしめた優越感に気分を高揚させている自分と、
日中試合っていた隊士たちにもそれが見られていたという怒りに、今にも我を失いそうな自分。
それから、それに気付かない総司に対する怒りと、今すぐ抱きたい気持ちに駆られる自分。
心の中で葛藤が始まるが、その収束は恐ろしく早かった。
―早く決着をつけて、そのまま部屋に連れ込めばよい。

うまく掬い上げて羽根を返してきた総司が体勢を少し崩しているのを見て、その後方の陣地に羽根を飛ばした。
そうして全身全霊で打ち込んだ一球は、長かった戦いに漸く終止符を打ったのだった。



「悔しいですが…負けましたよ、土方さん」
総司は荒い息をつきながら土方に近付き、少し潤んだ瞳で見上げた。
「お前も自信あるだけあって、なかなかだった」
土方はそう言いながら総司に羽子板を返し、彼の衿をきつめに合わせる。
それと同時に、周囲から試合開始前と同種の冷たい視線が突き刺さったが、
振り返って睨み返してやると、平隊士たちはそそくさとその場を立ち去って行った。

「土方さん、ちょっと首が苦しいです…!」
「あ、ああ…悪い…」
総司の苦しそうな声に歳三は我に帰り、打って変わって柔らかな笑みを恋人に向けた。
「それで?土方さんの願いは何ですか?」
総司はその場にしゃがんで羽子板と羽根を風呂敷で包みながら、土方に声を掛けた。
その言葉に歳三は口角を片方だけ上げて笑い、屈み込んで総司の耳元に囁いた。

『                』

「!!」
総司は一瞬で耳まで真っ赤にさせて、目を丸くして土方を見上げた。
あまりの恥ずかしさに何も告げることができない総司は、ただひたすら首を振って否の意を伝えようとしたが、
それが勝負の条件だろ、と土方が言うと、悔しそうに表情を歪めて風呂敷包みをぎゅっと握り締めた。
条件の内容に期間や制限を設けなかった自分が悪いのだが、どうにも悔しくて仕方が無い。

今にも涙が零れてしまいそうな総司の膝裏に手を入れて抱き上げると、土方は満足げに言った。
「とりあえず、部屋へ行くか」
「……はい…」

歳三が勝利の暁に得たものは、『自分の好きな時に総司を抱く権利』だった。
総司、受難の一年の幕開けである。

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2006年お年賀記念小説第二弾!フリー配布してました◎管理人が結構羽根突きが得意なので、ネタにしてみました。
いやー、書いてて面白かった☆笑顔 と言うか、土方さんが羽子板持ってるのを想像しただけで爆笑もんですよね…!あはは。笑
(2006.1.2up)