君のひみつ


ある日、若先生がこっそり教えてくれた。
「歳はな、本当は―――

―その時、僕は大切な人の『秘密』を知った。





「土方さーん!もう起きて下さーい!お布団干しますから」

宗次郎がそう言いながら障子を開け放つと、未だ布団に包まっている歳三は
桟と障子の面が奏でた音に眠りを妨げられ、機嫌悪そうに唸った。
部屋に差し込むのは、春らしい柔らかな光と優しい風。
あまりの心地よさに、歳三は布団を強く握り締める。

「ねぇ、聞いてます?土方さんのお布団干したいんですよ」
「うるせェ…俺の布団だ、放っとけ…」
枕元に膝立ちになって覗き込む宗次郎の相手をするのが億劫で、歳三は適当に返してやる。
「でも、夜に寝心地いい方がいいでしょ?風の弱い日じゃないと干せないですから」

宗次郎はあくまでも好意であるかの様に、次から次へと言葉を畳み掛ける。
好意である様に…とは、実のところ、今日は花見に連れて行ってもらう約束をしていたのだ。
故意にか偶然かは分からないが、それを記憶から削除したらしい歳三を連れ出すため、
宗次郎も簡単には引く訳にはいかない。

宗次郎は、黙ったまま二度寝を決め込む歳三に圧し掛かって揺すりだした。
「ねぇ、起きて下さいよー!約束は?」
「…別に今日じゃなくても桜はまだ咲いてんだろ…」
駄々をこねた様な声に、歳三は仕方なしに目を閉じたまま呟く様に告げる。

「覚えてくれてたの…?」
「当然だ。また今度な…」
やんわりと拒否の意を伝えた歳三は大欠伸をしながら、どこかに行け、と手を動かす。
歳三は昨夜もお忍びで、隣の村で美女と名高い武家の娘と睦みあってきたばかりなのだ。
宗次郎との約束を守ろうと、何とか夜明け前には戻ってきたのだが…
さすがに眠気には勝てず、もうじき昼を迎える今も起き上がれずにいるのであった。

「でも、覚えてたのに遊んでたなんて…ひどいです」
ふと、宗次郎が寂しそうに呟くのを耳にした歳三は、一気に覚醒した。

「だから、他の日に連れてってやるって言ってんだろ!いつまでもうるせェぞ、このクソガキ!」
まさか宗次郎が己の夜遊びを知っているとは思わなかった歳三は、思わず声を荒げた。
試衛館の他の誰に知られようとも、何となく宗次郎には知られたくはないという思いがあったのだ。
(誰がそんな事を吹き込んだんだ…)

歳三はそこまで考えると、漸く全く過失の無い宗次郎にしてしまった行為を思い出し、
大慌てで身を起こして横を見た。
怒鳴られた宗次郎は驚きから目を見開いて、呆然と2・3度瞬きをしている。

「ご、ごめんなさい…」
歳三が謝罪を述べようとしたその時、表情を驚愕に染めたままの宗次郎が先に口を開いた。
恐らくは、謝罪の意というよりは条件反射的に出てきたものなのだろう、本人さえ首を傾げている。
「いや、怒鳴って悪かった…」
「僕がしつこいから…土方さんは、悪くないです」

この期に及んで謝罪を述べる宗次郎に流石に罪悪感を覚えた歳三は、決まり悪げに頭を掻いた。
「…行くか、花見に」





「きれーい!」
高く括った髪を跳ねさせながら先に駆けて行く宗次郎は、突然立ち止まると空を見上げて両手を伸ばした。
見上げるうちに体勢を後ろへ崩し、倒れそうになったところで追いついた歳三がその体を受け止める。

「えへへ。桜、きれいですね!」
「そうだな…あまり走るなよ」
本当は、道で急に立ち止まるなとか、上ばかり見るな、などと小言を言いたいところだが、
あまりに嬉しそうな宗次郎の様に叱る気も失せ、軽く注意を促す程度で抑える。

(しかしまぁ、見事な桜だな…)
今が盛りとばかりに咲き誇る桜。幾日かすれば、もう新芽が出てきそうな木もある。
そう思えば、宗次郎との約束を守ってきた事は僥倖だ。
「おい、宗次。好きなもん買ってやるから選べ」
歳三はぶっきら棒にそう言うと、財布へと手を伸ばした。

「え?いいんですか?」
「ああ。何でもいいぞ」
出店に移した歳三の視線を追って、宗次郎も店へと視線を移し、目を輝かせる。
多少の銭を握らせ、そこで待っていると示した歳三を、彼は不思議そうに首を傾げながら見上げた。
「土方さんは?」
「俺はいい」

それからすぐに戻ってきた宗次郎は、片手に1本ずつ団子を持っていた。
「お前、そんなんでいいのか?もっと高いもんとか、風車でも買ってこいよ」
もっと銭を渡したというのに、何故値の安い団子をわざわざ2本も買って来たのだろうかと
歳三が不思議に思って問うと、宗次郎は片手を突き出した。

「はい!土方さんのぶんです!」
「俺はいらねェよ」
「僕は笑わないから、我慢しないでください」
完全に親切・優しさという思いからそう行動したらしい宗次郎は、笑顔を崩さぬまま、団子を突きつける。

「んなもん、いらねェ」
「…土方さん好きなの、僕知ってるもん」
「はっ!?」
宗次郎の真意が掴めずに適当に返す歳三に、今度こそ意味不明な言葉が投げかけられた。
当の本人は、得意げな表情で団子を一つ口にする。

「なんだよ、それ」
「わかしぇんひぇにひひまひあ」
「宗次、口ん中を空っぽにしてからちゃんと説明しろ」
宗次郎は可愛い口をもごもごと動かしながら、頷いた。



その後、宗次郎が語ったのは、3年前のある出来事だった―

3年前、土方と近藤は両国に出来た料亭の開店祝いに行われるという、ある催しを見に行ったのだ。
…正確に言えば、その情報を教えてくれた大先生は前妻と一度見えたことが今の妻にばれてしまい、
彼女の機嫌とりに難儀している状態であったため、代わりに様子を見てきてくれと頼まれたのである。

一体どんな催しであるのか聞いていなかった2人は、とりあえずその店へと向かったのだが、
到着したそこで行われていたのは、大食い大会であった。
2人とも朝に少しの食料を胃に詰めただけの状態であったため、大喜びでその大会に参加する事に決めた。

部門別に分かれている大会で、近藤は「そば組」、土方は「酒組」にそれぞれ参加しようとしたのだが、
近藤は無事に「そば組」に入れたのに対して、「酒組」は既に満員とのことで「菓子組」に回されてしまった。
土方は仕方なしに「菓子組」での参加を決めたのだが…

次々に差し出される饅頭・羊羹などを口に運ぶうちに、次第に喉を通る甘みには鈍感になり、
それに反比例する様に胃の腑が生ぬるいように、どことなく気持ちが悪くなってきた。
せんべいなどで誤魔化す事に限界を感じた時、隣からぼりぼりという耳慣れた音が聞こえてきた。
何事かと隣を向けば、そこには同じ「菓子組」で参加しているはずの初老の男性が、沢庵をまるかじりしていたのだ。
まさか菓子組に沢庵があるとは思わなかった土方は、それまで知らなかった事に
多少の苛立ちを覚えながらもそこから沢庵に乗り換え、見事逆転優勝を果たしたのであった。

優勝した土方は「やはり、沢庵は橋本さんのトコのが一番だ」という名言を残したのだが、それからというもの
菓子が嫌いになったばかりでなく、時折沢庵を貢がれたりするようになり、散々な記憶として残っているのだ。



楽しげにそう話した宗次郎に、引きつった笑顔で
「そうか…だが、今は好きじゃねぇんだ。お前が食ってくれ」
と応えた土方の頭の中では、己の汚点を軽く曝してみせ、
更には嫌な記憶を甦らせてくれた近藤にどう責任をとってもらおうかと様々な考えが巡っていた。





「歳はな、本当は菓子が好きだったんだよ」
近藤はしばらくの間、軽はずみに口にしたこの言葉を後悔する事になった。

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久し振りに季節ネタを書こうと思ったのですが、気付いたらお花見から話が逸れてましたv苦笑  桜ネタは他に書こうと思います◎
大食い大会、1800年代初頭には盛んに行われていたそうです〜。上位に上るのはお年寄りが多かったみたいで、実際に「菓子組」で
沢庵を5本丸かじりした65歳がいるという記録が残っているそうです。(2006.3.24upload)