夕焼けラプソディ



キーン コーン…

校内に誰もが待ちわびたチャイムが鳴り響き、
漸く課せられた授業が終わった事に安堵し、一息つく。

帰宅の準備をする者、部活の準備をする者…
それぞれの意識の交錯したざわめいた教室で、手短にHRを済ませようとする担任教師。
彼もまた、早めに済ませてしまいたい用事があるのだろう。

(だったら別に、面談なんてしなくていいのに…)
否、もしかしたら自分との面談こそ、上から強要された雑用なのかもしれない。
ぼんやりとそんな事を考えていた総司は担任と視線を合わせてしまい、慌てて体ごと後ろに向き直った。



総司の真後ろの席に座っているのは、1年生の頃からの親友だ。
今日も一緒に出掛ける約束をしている。

「勇也、悪いけど先に行っててくれる?終わったら連絡するから」
「分かった…大変だね。総司、成績も良いのに…」
そう言って気の毒そうに表情を歪めた友人に軽く笑んだ総司は
鞄を手にすると、教室を後にした。

今日は彼の彼女へのプレゼントを一緒に選んであげる約束をしたのだ。
早めに雑用を済ませて、先に物色を始めている友人のところへ駆けつけねばならない。








総司が通う私立高校では、行事の運営や風紀の保持などは基本的に生徒任せだ。
その方針を守るべく、職員室は創立当初から教室とは離れた場所に設けられている。
家庭の事情で寮生活を送る総司は、頻繁に担任から面談に呼び出されている為に
既に慣れたものだが、一般の生徒がここを歩く機会はあまりない。
その所為だろうか、職員室に呼び出される事はやたらと大げさに捉えられてしまうのだ。

今日も呼び出された総司は、遠くから聞こえてくる運動部のかけ声を聞きながら、
憂鬱な気持ちで人気のない廊下を歩く。



「…何考えてんだ?」
「あ、土方先生…」
突然かけられた声に一瞬震えた総司の目に映ったのは、この高校の音楽教諭である土方歳三だった。
眉目秀麗な容姿と授業の厳しさには定評があり、教師からも女生徒からも人気のある、非の打ち所のない男だ。
総司の高校では、芸術科目は美術・書道・音楽の中から1教科を選択することになっているのだが、
大多数が音楽を選択しているというのには、教師の人気も要因の一つとして絡んでいるに違いない。

「そんなに驚く事ないだろ、総司」
彼はそう言って総司に微笑みながら、頬を優しく撫ぜてきた。
総司はうっとりしながら、頬を綺麗に染め上げる。

彼は、総司の恋人でもある。
若く優秀な教師と生徒の付き合い…それは当然ながら2人だけの秘密である。
実は、呼び出しを受ける度、2人の関係が知れたのではないかとヒヤヒヤしている。

だが、総司の心配をよそに、土方は校内でも平然と接触してくる。
授業中にも指名される事が多く、周囲の友達からは目を付けられているのだと憐れまれる程で…
音楽の苦手な総司にとっては苦痛でしかないのだが、土方はかなり楽しそうだ。
不平を言えば言う程に調子にのる土方に、総司は諦め始めている。

「お前、俺に会いに来たのか?」
「あっ!いけない!!」
嬉しそうにそう問い掛けられ、
大人しく髪を撫で付けられていた総司は、慌てて土方の胸元から離れる。
楽しんでいた柔らかな感触が手から離れた事に、土方は小さく舌打ちした。

「今日も面談か?」
「そうなんです!早く済ませて、勇也のトコに行かなきゃ…」
腕時計を見てそう呟きながら、総司は土方を顧みぬまま、職員室へと小走りに向かった。
その背を見送る土方が、剣呑な眼差しを向けている事も知らずに…








「…そういう事らしいから、まぁ、考えておいてくれよ」
「はい。すみません、先生にまで迷惑をお掛けして…」
そう言って頭を下げた総司に、担任は無言のまま、肯定としか取れない表情で応じた。
最初はもっと親身で2人の教師が相談に乗ってくれたりしていたのだが、
問題が面倒すぎるのか、回数が多すぎて煩わしくなったのか、
最近では、他の教師や校内のカウンセラーが同行することも無くなった。

(そこまでして、面談なんてしてくれなくていいのに…)
いらぬ冷たさを示される位なら、形ばかりの相談などされない方がいい。
総司はそう思いながら、昇降口を目指そうとしたのだが…



「あれ、先生?どうしたんですか?」
面談をしていた生徒指導用のブースを出てすぐの角に、土方が腕を組んで立っていたのだ。
もしや、話を聞かれてしまったのだろうか…
そんな不安を抱きながらも、総司は平静を装って微笑みかけた。

「お前を待ってたんだ」
「え…どうして…?」
「最近、呼び出されたって話が多いじゃねぇか。滅入ってんじゃねぇかと思ってな」
笑みを浮かべた土方は、総司に缶ジュースを差し出した。

「あ…ありがとうございます」
居心地の悪い空間にいた事も手伝って、喉がカラカラになっていた総司は
何の疑いもなく素直に受け取り、冷んやりとしたその缶を見つめる。
総司の大好きな、100%のアップルジュースだ。

その缶を開けようかと悩んでいたところで、総司はふと隣の土方を見上げた。
「ところで、こんな場所で僕に構ってて大丈夫なんですか?」



先程覗いた職員室では、教師たちは1学期の期末試験の問題作りに大忙しの様子だった。
更に、2人が話している場所が廊下であり、総司がジュースを飲みながら
教師と話しているというシチュエーションにも問題があるだろう。
二重の意味で問い掛けた総司への答えは、予想とは異なるものだった。

「…そうだな、まずいかもしれん。移動するぞ」
「えっ、ちょっと!先生!?」
総司の腕を掴んだ土方は、そのまま特別教室の密集する校舎へと向かう。

総司の行きたい昇降口とは真逆に位置するその方向へ向かいながら、幾人かの教師とすれ違うが、
その度に土方は「成績が危ないので、講習を…」などと言いながら平然とすれ違って行く。
嘘でも方便でも、これだけすらすら出てくれば大したものだ。
総司は半ば感心しながら、導かれるままに音楽準備室へと入った。








「わっ…」
急に背中を押された総司が狭い準備室の机に倒れこむと、背後から嫌な音がした。
まさかと思いながらも、悪い予感が拭えずに振り返った総司の視線の先、土方は後ろ手に鍵に触れている。
目を見開いた総司が視線を少し上げれば、うっすらと笑んだ土方の顔があった。

聞き間違いなどでは無い…
自分が先程耳にした物音は、準備室の鍵をかけた音だったのだ。

本来は教室と廊下に繋がる2つの扉があるのだが、
教室と繋がるそれは現在では多くの器材に阻まれて、辿り着く事さえ出来ない状態になっている。

唯一の扉に施錠した意図を悟らずにはいられない自分が悲しい。
こんな場所で行為を迫るとは考えにくいが、少なくとも、
何もしないまま己を逃がすつもりは無いのだろう。

身を起こして向き直った総司は、鞄を抱き締めて笑顔を繕った。
「…せ、先生。あの…今日は友達と約束が…」
この窮地を切り抜けようと口にした言葉は、どうやら逆効果だったらしい。
どこがまずかったのか分からないが、土方から笑みが消えた事からそれを悟った総司は、
竦み上がったまま土方を見つめている。

一歩一歩、時間を掛けて近付いてきた土方は、総司の頬をゆっくりと撫でた。
もう片方の手は、総司を囲うように机に置かれている。

今にも泣きだしそうな総司の撫でていた手は頬を滑り、親指が柔らかい唇に至ると、土方は漸く口を開いた。
…とどめの言葉を伝えるために。

「お前、音痴だからなぁ…試験も近いことだし、特別レッスンしてやるよ」








机に寝転がされた総司は、痛いほどの快楽に浮かされながら身をよじった。
抵抗しようとする度、己のネクタイで一括りにされた両手首が痛む。

「…いっ……も、やだッ…!」
「聞こえねェ。もっと声出せよ…大きな声で歌うのは、基本だろ?」
必死で放った言葉を軽くあしらわれ、総司は再び唇を噛み締める。
こんな場所で、と非難したいところだが、普段とは違う興奮を覚えている自分がいるのも確か。

ふと視界に入った時計を見て、既に6時を回っていたことに気付く。
(あ…勇也に、連絡しなきゃ…)

ぼんやりとそんな事を考えていると、突然、痛みが走った。
「…あぁッ!」
思わず声を上げて反っていた顔を戻すと、土方が根元を強く押さえ込んでいた。
どうやら、思考が他に移っていたことに気付いていたらしい。

「他の事、考えてる余裕あんのか?」
「…や……やめっ…!」
「お前がいい声で歌えたら、終わりにしてやるよ」

何もかも掌握されて、全てが相手の思うままなのが悔しくて。
総司は押し寄せる痛みと快楽の波の中、必死に声を押さえ込んだ。










机の上に気だるい身体を投げ出している総司の隣で、土方は前髪をゆるくかき上げた。
「寮には送ってってやるから、安心しろ」
「………」

不貞腐れて返事をしない総司に向かって、土方は畳み掛けた。
「立てなきゃ、抱いて部屋まで連れてってやるよ」
それは困る、と身を起こした総司は、薄く痣の付いた手でシャツを羽織る。
今日は金曜日で、放課後はクラスメイトと遊ぶ約束をしていて。
昨夜の電話では確かにそれを許してくれていたのに―どうして、どうして。

そう含んだ総司の視線に気付いた土方は、怒りも顕わにこう呟いた。
「友達とは聞いていたが…男と2人で出掛けるのは許してねぇからな」

あまりの理不尽さにあきれ返った総司だが、既に言い返す気力もない。
今日の事を何と伝えればよいのやら…友人への謝罪を思い、総司は憂鬱な溜め息をついた。
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月子様からの18000Hitsリクでした☆『学園で色々含んで…』というコトだったので、ちょっとエロ風味にしようと思いましたが…
見事に玉砕しちゃいました…ご希望に添えず、申し訳ありません!苦笑
初めてリクに沿ってお話を書いてみて、めちゃ楽しかったです〜。どうもありがとうございました♪(*^-^*)
…ところで、このタイトルって何となく昭和っぽくないですか?売れない歌謡曲の題名っぽい…笑 (2006.7.28upload)