甘い香りに誘われて・・・ (後)



「ただいまぁ…」

沖田総司は、誰もいない家の扉を開けるとそう呟いた。
当然のことながら、応じる声は無い。
彼は土方にもらった合鍵を改めて見つめると、堪らず頬を緩めた。





今日は、2月14日―バレンタインデー。
ずっと憧れていた土方に、思いが通じなかった時には退社する覚悟で辞表まで書いて
思いを告げた日であり、2人の交際が4年間続いていることを証明する、記念の日でもある。
部屋の合鍵をもらったのは1周年記念であったが、自分の鍵でこの部屋に入り、
帰ってくる彼に「おかえり」と言える嬉しさと気恥ずかしさは、未だに褪せる事はない。

総司はスーパーの袋をテーブルの上へ置くと、自身の手にした腕時計を見た。
短針が指し示すのは、4を少し進めた辺りだ。

今日は出勤日だったのだが、何故か上司から今日は早めに帰るように命じられたのだ。
まだ片付けたい仕事も残っていたのだが、帰るように怒鳴られては仕様がなく、早めに退社してきた。
…それが土方からの要望と、チョコを渡そうと詰め掛ける社員を煙たがった
人事部の面々の希望が合致した結果であるとは、総司は知る由もない。

昼休みにその事を告げると、土方は不思議には思わなかったらしく、先に帰るよう言われた為、
彼の車にデスクに山盛りになっていたチョコを預けて、先に主のいない家へと帰ってきたのだ。
待つ間にいくつかの料理を作っておく事にして、食材も調達してきた。

「さてと、土方さんがびっくりする様な料理を作らなきゃ…!」
総司は意気込んで、シャツの袖を捲った。





その夜、土方が帰宅すると、料理の芳香と愛しい恋人が出迎えた。
「おかえりなさい!こんなに早いなんて思いませんでした」
「車、跳ばして来た」
「もう、危ないですよ!気を付けて下さいね?」
自分の鞄を受け取りながらそんな事を言う恋人が可愛くて仕方なく、土方はコートも脱がぬまま総司を抱き締めた。

「ね、土方さん。僕、お料理作ったから食事にしませんか?」
土方を見上げて少し緩められた腕の中から抜け、総司は彼をリビングへといざなった。
テーブルに並んでいたのは、白身魚のクリームソース煮や、サーモンとかぶのマリネなど。
総司は和食は得意なのであるが、洋食は苦手と知っている土方は、正直に驚いた。
「お前が作ってくれたのか?」

「土方さんが好きって言うから、少しずつ練習してたんです」
やっと食べてもらえる段階になりました、と頬笑む総司に、土方はもう恨めしい気持ちさえ覚える。
無意識に誘うこの罪の重さを、どうしたら無邪気な恋人に理解させられるのだろう。
触れてしまえば、もう自制が効かないと悟った土方は、とにかく総司を一旦引き離すことにした。

「そうか…じゃあ、先に風呂に入ってろよ。デザート作る」
「はい」
少し寂しそうな総司を風呂へと送り、土方は出社前に下準備をしておいたデザートの仕上げに取り掛かった。





「零さないように、気を付けろよ」
「はーい」
そんな会話を挟みながら、総司はチョコの絡んだいちごを頬張った。
総司の作った料理を楽しんだ後、2人はチョコフォンデュを食べているのだ。
2人、とは言うものの、チョコを苦手とする土方はひたすら総司を見つめ、
彼のペースに合わせて食材をその口に運ぶだけであるが、それも一つの作戦である。

フォンデュではスイス製のチョコレートを使用したのだが、それにこっそりブランデーを混ぜておいたのだ。
酒に極端に弱い総司は、微々たる量でも本人さえ知らぬうちに酔ってしまうため、
ほろ酔いの状態を狙って、自分も美味しい思いをしようと言う目論見なのである。
そんな事に気付きもしない総司は、今も土方からキウイを与えられ、嬉しそうに頬張っている。

「さて…次は新作だ。いけるか?」
「まだまだっ!」
少し赤い顔で意気込んだ総司を見て、土方は試食係にも旨いと言わせたケーキを取り出した。
一見でビターと分かるチョコに塗り固められたケーキが中央にあり、
周囲の一見乱雑そうに見えるキャラメルソースやハーブの散らし方からも、土方のこだわりが伺える。

それを一口含むと、総司は驚いた表情のまま、土方を見上げた。
「!!」
「どうだ?」
「美味しいです!少しチョコが苦いと思ったけど、中にあるバニラの味がちょうどいいです…!」
最初の口当たりは苦味の強いビターばかり目立っていたのだが、すぐに
中に入った甘いバニラ系のペーストと生チョコの様な柔らかい口当たりのミルクチョコの味が広がる。
思惑通りに喜んだ恋人を土方は優しく見つめる。

「他にもあるから、無理して全部食わなくていいぞ」
「え?まだあるんですか??」
土方はそれを見せるため、例の業務用の冷蔵庫へと向かった。



数分経って、総司がケーキを食べ終えた頃を見計らったように、
土方はガラガラとカートを押しながら部屋へと戻ってきた。
布を掛けてあるそれが一体なんであるのか、まだ総司には分からないが、
それは土方の腰あたりまであるため、とりあえず大きいという事だけはよく分かる。

「これ…ですか?」
「そうだ」
言いながら土方がその布を剥がすと、そこには総司を模ったチョコレートがあった。
「えぇ!?これ、チョコ…!?」
「あぁ。彫刻でお前を作ったんだ」

チョコレートの彫刻など、未だかつて総司は聞いたことがない。
しかもそれは、自分の胸像であった。
「土方さん…!」
彼の自分に対する思いの深さを感じて、総司は少し涙ぐむ。
「お前の事を考えながら彫っていたら、いつの間にかこうなった」
ほろ酔い状態だからであろうか、へその少し下まであるその胸像が
何故か裸である事は、総司の目には特別おかしな事とは捉えられなかったらしい。

「もう1つあるんだが…何だと思う?」
先程のカートの上に、先程よりも小さな物が乗っている。
同様に布を被っているそれは、先端が尖っている様に見える。

それに気付いた総司の思考は、先程からの土方の態度故か、
はたまたデザートに入っていたブランデーの所為か、あらぬ想像へと至った。
もしやそれを自身に突っ込まれるのでは無いかと危惧した総司は、真っ赤になって首を振る。

「だ、だめダメ!絶対だめです…!無理!!」
「何だ…?なに慌ててるんだ」
総司が思った事を知ってか知らずか、土方は面食らった様子で布を剥いだ。

すると、そこには小さな手があった。
土方は総司の手を取ってその手の隣に並べ、ぴったりだと満足気に頷く。
「これ、僕の…?」
「さて、これは何だろうな」
総司の問い掛けに頬笑んでみせた土方は、その薬指にはまった光るものを指差した。
細目のシルバーのそれは―

「ゆび、わ…?」
呆然としながら総司が呟くと、土方はそれを外しにかかった。
「よく出来たな。見ろ」
土方は指輪の内側を見る様に促し、少しずつゆっくりと回してみせた。
そこに刻まれた文字を読むうちに、総司の表情は極上の笑みへと変わる。

そして、一通りの文字を読み終えたのを確認すると、土方は左手を差し出した。
その手が意味するところが分からず、総司はしばらく首を傾げていたが、やがてその意に気がつくと左手を乗せる。

土方の長い指が、男にしては細い指にそっと輪を潜らせた。
難なくはめられたシンプルなそれは、受ける光を美しいラインに乗せる。

「土方さん…」
やはり驚きが勝ったのか、笑みを消して呆然とする総司の頬を、静かに涙が走った。
「おい、気に入らなかったのか?」
そう揶揄して笑う彼の眼差しからは、自らが彼に抱く思いと寸分の違いも無い思いを感じることができる。
総司は溢れる涙はそのままに頬笑みを浮かべて、よく芸能人がする様に、土方に左手の甲を向けて見せた。

「似合いますか?」
「当然だろ?」
何故か余裕の笑みで土方が短く返すと、総司は恥ずかしそうに少し俯いて、それから土方を見つめた。
「土方さん、大好き!!ずっと大切にします!」
「馬鹿。そのうち、揃いで買いに行くぞ」
「…はい!」





「それにしても、チョコで彫刻なんてすごいですね」
しばらく指輪と土方を交互に見つめては、幸せそうに笑んでいた総司は、
ふと思い出したようにそう切り出した。
「食ってみろよ」
頷いた総司は食べにかかったのだが…土方は齧るものと思っていたそれを、彼は舐め始めた。
自分の指先をかたどったそれを、少しだけ舌を出してぺろぺろと舐めている。

―これを目にして耐えるなど、男のする事では無い。
土方は内心でそんな意味不明な理屈を捏ね、一人頷いた。
そんな事に気付きもしない総司は、ぱっと顔を上げて頬笑んで見せた。
「土方さん、これ中はホワイトチョコなん―――!?」

言葉を遮ったのは、土方の唇。
いつの間にか席を立った土方は、総司の隣へと隙間を作り入り込み、
舌を絡ませながら総司をソファーへと押し倒した。
総司の舌を追ううちに、チョコレートのほのかな味が伝わり、少し顔を顰める。

「もう、いいだろ?褒美をくれよ」
上半身を少し起こして土方が問うと、総司は必死に首を振った。

「…なら、お前さっき何を想像したのか教えろ。そうしたら、止めてやる」
その言葉に一瞬きょとんとした後、それが先程の彫刻の話であると思い至った総司は、目をきつく瞑る。
恐らく土方は、どういったものを想像したのか気付いているのだろうが、
自分で言ってしまえば、それをネタにいいようにされるに違いない。

「お前は何を想像していたんだろうなぁ?」
土方がシャツを脱がして胸元を探りながら耳元で囁くと、
総司は両目を腕で覆いながら、真っ赤な顔で必死に拒絶の言葉を紡いだ。
「言え、なっ…」
「なら、仕方ねェな」
そう言ったのを最後に、土方は総司の胸に顔を埋めた。





夜も更け、ランプスタンドの柔らかな明かりの元、行為の途中で気を失ってしまった総司の顔を見つめながら
土方はその左手にはめられた輪をそっと指でなぞり、優しく目を細めた。

『2.14 Souji with Love』
そう刻まれた土方からの思いの証は、2人の未来を示す様に細い薬指から輝いていた。

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す、すみません!ご希望のエロネタが描けませんでした…(撃沈)色んな方からリクいただいたのにー!
本当、申し訳ないです…!誰か、代わりに熱い夜を書いて下さい。爆
絵チャから発展したこのお話、書いていて楽しかったです♪ありがとうございましたvv(2006.2.14-3.1upload)