何故かと言われても、答えなど知らない。
自分でも理解できない感情が、時折、込み上げてくるのだ。

自分は、何かを探さなければならないらしい―それだけは分かっている。





春夢





「休み中は面倒事を起こすんじゃねぇぞ。
 春には島田先生も産休から戻ってくるから、迷惑かけんなよ」

教壇に立った男がそう言うと、生徒の誰かがぐすりと鼻を啜った。
それを合図にしたかの様に、女生徒の間から悲鳴じみた声が上がる。

「春から、先生はどこの学校に行っちゃうんですか?」
「先生、代わりなんかじゃなくてうちの学校の先生になってよ!」

教師―土方はそれには一切答えずに、じゃあなと残して、教室を後にする。
自分は、帰らなければならないのだ。

何も見つけられぬまま…東京に。










自分が日本史の授業の時、若干の興奮を覚えることに気付いたのは、中学生の時だ。
剣道を習っていた所為で戦いというものに異様に反応してしまうのかと気にも留めず、
むしろ最も興味がある科目として捉え、いつの頃からか日本史の教諭を目指す様になった。

それが妙だと気付いたのは、高校生の時だった。
その頃には、日本史の中でも江戸時代末期の部分が特に好きだと実感していた。
だから、修学旅行で北海道に行くことになり、
そのルートに函館が含まれている事を知った瞬間、密かにガッツポーズをしたものだ。

だが、実際に函館は五稜郭で公園の土を踏み締めると、
こめかみで鼓動を感じるほどに、緊張とも興奮とも言い表せぬ感情が溢れ出した。







冬に向け葉を散らす桜の木々が、満開に咲き誇る様を自分は覚えている。

1本だけ色濃く早く咲き始め、真っ先に散っていった桜の花に、誰かの姿を重ねた記憶がよみがえる。



『今度こそ、お前の傍にっ……』







―誰かの声か、誰かの記憶か。
驚きに目を瞑り、頭を振ると、そこには木枯らしの公園があった。

ただ、その誰かの自身への激しい憤りと深い悲しみ、
何より強い後悔の念は、確実に土方の心を揺さぶっていた。

それから、毎年冬の終わり頃から同じ夢を繰り返し見るようになった。
大学生になってからは春になる度に函館を訪れたが、
あの早咲きのソメイヨシノは見つからず、自分が求めるものも分からないままだった。

希望通りに中高の教員免許を得て、晴れて教師となってからは、北海道で臨時教員として生計を立てていた。


―だが、それも今日までだ。


土方の姉は私立学校の理事長を勤めている。
姉との約束で、大学卒業後2年が経ったらその高校で教諭として働くことになっているのだ。

この春が北海道で暮らすコトができる、リミットだった。















函館の桜はまだ目覚める素振りもなかったが、
土方が日野の生家へ戻った3月末には、東京の桜は満開だった。

東京のお堀の桜や多摩の桜にも懐かしさを感じるが、それは生まれ育った場所だからだろう。
そんなことを考えながら電車に揺られた4月のある日、これから赴任することになる高校の門をくぐった。



入学式に出るため早めに到着して教諭に挨拶を済ませた土方は、荷物を置くとすぐに職員室を出た。
冬の名残がする少し薄い空を見上げ、視界の隅に少し色の濃い桜を見つける。

敷地内のもう少しで満開を迎えようかというその枝垂桜は、
五稜郭で夢に見た、あの孤独なソメイヨシノに似ている気がする。

(他の桜は散りかけていたと思うが…)
気のせいだったろうか、と土方は学校前の桜並木に目を遣った。





やはり、並木は既に白の中に新緑が混ざりつつあった。
風に乗って舞い散る桜吹雪の下を、人々が忙しなく行き交う。

その中に唯一人、眩しそうに目を細めながら天を見上げる青年がいた。
花びらを手におさめようとするかの様に、手を差し伸べている。

彼だけが立ち止まっている所為だろうか、土方の目には、その姿だけが強い輪郭を持って映った。



ややあって、彼は何も掴めなかった手を軽く握り、視線を奪われている土方の方へ歩き始めた。
ブレザーの胸元には、新入生の入学を祝う花飾り。
どうやら、土方と同じく今日からこの高校に通う事になる生徒らしい。

俯き加減だった彼が、土方の気配に気付いたように顔を上げる。
全てを許すような、どこまでも澄んだ瞳が、静かに己を見つめている鋭い瞳と交わった。



「おはようございます。…ここの桜、綺麗ですね」
そう言って、彼は微笑んだ。



ざぁぁっ…

柔らかな風が吹きぬけ、葉を揺らし、彼を桜の花びらが包む。





風に揺られる長い髪に、桜の花びらが絡みつく様が眼前に浮かんだ。

『やっと、見つけた』





鼓動が高まるのを感じ、軽い眩暈に瞬く。
一筋の涙が、土方の頬を伝った。
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桜といえば、この2人でしょう!という訳で、書いてみました。今回のテーマは『転生』です。(読めば分かるか)
土方さんは風景とか言葉とか、そういったものだけ何となく覚えていて、でも誰だったのか分からず、それでも逢いたくて探しているとゆー設定。
対する総司君は、一切記憶もデジャヴもないといいなぁ〜。土方先生は、これから頑張ってゲットせねばならないのです。笑
土方さんが亡くなる直前には、桜が咲いていたと思うのですが…もしかしたら、五稜郭の桜見てないかもですね…(2008.4.21upload)