「だから、ここはOだって言っただろ?Cがこの関係になる訳ねェんだから」
「…あ、そうでしたっけ?」
とぼけた調子の総司に溜め息をつきながら、土方は前髪を掬い上げた。





2人がいるのは、いつもの準備室。
相変わらず続けられている補講だが、今日ほど集中力の欠けた様子の総司は初めてだ。
さすがに妙だと感じた土方が問題集とノートを見つめて呻る総司を観察していると、
その視線を感じたらしく総司が顔を上げた。

「……先生?」
疑問符を浮かべて問い掛ける、大きな黒い瞳が可愛くて愛しくて。
土方は腕を伸ばして、総司の柔らかい頬に触れた。

「疲れてるようだが…体調でも崩したか?」
「お疲れなのは、先生も同じでしょう?」
総司はそう言ってにっこり笑んだが、少し痩せた様な気もする。


梅雨ももうじき明けようかという時分なのだが、予報でも言っていた通りに
今年はじめじめと蒸す日が多く、丈夫な土方でさえも少し食欲が落ちている状態だった。
元より少食な総司にとっては、大分負担になっているに違いない。


「…今日はもう終わりにして、飯でも食いに行くか」
「え、大丈夫ですよ?」
心配しないで下さい、言外にそう告げながら、総司はいつもの笑顔を向ける。

「あ、先生!それよりも…来週から、しばらく補講お休みしてもいいですか?」
突然の総司の申し出に、土方はあからさまに眉間に皺をよせ、
問い返した言葉は図らずもワントーン下がった声色で紡がれた。
「…もう嫌になったのか」

声から伝わる雰囲気で土方の心境を悟ったのだろう。
総司は慌てて、手と顔を横に振りながら弁解する。
「違いますよ!生徒会の方で議題が溜まっていて、しばらく落ち着きそうにないんです」
「そういや、この時期は他校との会議もあるんだったな…」
はい、と返す総司は残念そうな表情を隠そうともしなかった為、土方も引き止める事が出来なかった。








その翌日から、宣言通りに総司との補講をしなくなった土方は、
代わりに殺到した女生徒たちの相手に辟易していた。

(こいつら、揃いも揃って暇なんだな…)
(教科書くらい、読んでから質問しに来いよ)
(雑談なら、どこか別の場所でやれよ)
内心ではそんな事を考えながらも、仕方なしに愛想笑いを繰り返す。

かつては総司に近付く為に、丁寧な指導を売りにしている学校の方針を利用したのだが、
今では『邪魔』以外の言葉では言い表せないような状態になってしまっていた。





数日間はそれに耐えていた土方であったが、限界を迎えるのはやはり早かった。
適当に生徒をあしらって準備室を出ると、土方は真っ直ぐに生徒会室へと向かう。
2階にある目的の部屋は、他の教室とは少し離れた場所にある。
人気のない廊下を静かに抜けると、少し開いたままになっているその部屋を覗き込んだ。

それなりに広いスペースが確保されている生徒会室だが、今は2人しか人影が無い。
こちらに背を向けて、2人とも立ったまま机上の何かを見下ろし、
それを指し示しながら色々と相談事を行っているらしく、何かを書き留めている。

だが、土方にとってはそれはどうでもいい事だ。
彼の視線は、総司の肩に置かれた、隣の男の手に注がれていた。

(…馴れ馴れしく俺のもんに触れてんじゃねェよ…)
そう思った土方であったが、よく考えれば、総司も特にそれを払いのけようとはせず、
時折その男に笑いかけながら打ち合わせを進めている様なのだ。

(まさか…あの男と、付き合ってんのか!?)
数日の間、総司に触れていなかったという事から既に苛立ちが限界に達していたらしく、
土方は迷わずにわざと大きな音を立てながらそのドアを開いた。



音に応じて振り返った男は、驚きに目を見開く。
「土方先生…」
「えっ!?」
その名を耳にした総司も慌てて振り返り、思わず手にしたペンを落としてしまう。
それを拾おうと総司がしゃがみこんだ時、土方は漸く口を開いた。

「沖田、ちょっと来い」
今度は、ペンを手にした総司が立ち上がる前に男が問い返した。
剣呑な眼差しが土方の怒りを煽る。
「沖田君は今、生徒会の仕事中なのですが。土方先生?」
「沖田の実験結果レポートが間違っている。次の授業は明日だからな、やり直させる」

実際には、そんな事はない。
誰よりも正確で詳しいレポートを書き上げたのは、他ならぬ総司である。

その言葉に誰よりも早く反応したのは、総司だ。
「え、本当ですか!?あんなに教えてもらったのに、間違えちゃうなんて…」
「…そういう事だ」
そう言って総司を伴って去ろうとした土方だが、その背に挑発とも取れる台詞が混ざった。

「困ります!!生徒会はどうなるんです!?総司がいないと仕事が進みません!」
その男を相手にするつもりは無かったが、彼が口にした言葉の中から
『総司』という単語を聞き取ると、土方は言いようの無い怒りを覚え、彼へと向き直った。
(今、総司っつったよな!?この野郎…気安く呼ぶんじゃねぇ…!!)

「どうにでもしろよ。生徒は学校に何をしに来ている?勉強しに来てるんだろ?
 それを疎かにしてまで、生徒会に入れ込む義務も必要も、沖田には無いはずだ」

殺気混じりにそう告げて、総司の背を軽く押して外へといざなった土方の背には
非難する様にいくつかの言葉が投げ掛けられたが、最後の方は扉に阻まれた。








生徒会室を出た土方は、総司の腕を掴んで足早に準備室へと戻る。
「先生?ちょっと痛いんですけど…」
総司がおずおずと声を掛けるが、土方は一切を無視した。
そして準備室へと戻ると、すぐにソファーに総司を座らせ、その向かいに自身も腰掛けた。

「あいつは何だ?」
ひどく真剣な表情をして、何を言うのだろう。
総司は一瞬きょとんとしてから、教師としてあるまじき言動に驚愕した。

「え…生徒会長ですよ!まさか覚えてないんですか!?」
「んなこたぁ百も承知だ!お前の何なんだって聞いてんだ!!」
実際、土方は生徒会長だと言われた男を記憶に留めてはいなかったのだが、
込み上げてきた焦燥と怒りに囚われた頭では、自らの意図しない部分については関心がなかった。
対して、生徒会役員の自らが補佐すべき生徒会長との関係を問われた総司は愕然としていた。

「もしかして…何かあったんだと、疑ってるんですか…?」
「……」
目を見開いて問い返した総司に、土方は無言で肯定するばかりか、
分かっているなら早く答えろと言わんばかりの視線を送る。

土方と自分の仲は確かに、まだキスをした事しかない、頼りないものであるかもしれないが、
想いや互いを信じる気持ちには絶対の自信を持っていた。
まさか、生徒会の仕事をしていただけで、それを覆されるとは思わなかった。

総司の中で悲しみや驚きなど様々な感情が入り乱れる。
だが、その中で最も強く意思表示してみせたのは…怒り。



「…ふざけんなよ…」
「…はっ!?」
俯いたままの総司の口から聞こえた言葉に、土方は流石に自分の耳を疑った。
まさか、と目を見張った土方の視線の先、総司が顔を上げる。

総司から確かな怒りを感じ取った土方は、ごくりと唾を飲み込んだ。
この様子では、先程の言葉は聞き間違いなどではなかったのだろうか…かつてない不安が過ぎる。

「どうして疑うんですか…先生は僕の事、信じてくれていないんですか!?」
あんまりだ、と瞳に涙すら浮かべて総司は土方を睨んだ。
総司に睨まれるという事も初めてな土方は多少うろたえたが、
先程の恐ろしい言葉が聞き間違いであった事に何よりも安堵する。

…実際には聞き間違いなどではないのだが。

「す、すまない総司…だが、俺はお前の顔を見れねェと不安で仕方ないんだ…!」
「そんなの僕だって…先生は格好良いし人気があるし、怖いのに…」
お互いに怒りの頂点を越えたらしい2人は、しどろもどろに不安を訴える。

俯き加減で長い睫の下に涙を浮かす総司を見下ろしながら、土方は己の失態を悔いた。
総司が疲れている様子を悟っていたのだから、浮気の心配なぞする余裕があるならば、
労ってやらねばならなかったのだ。自分が、張り詰めた神経を休めてやらねばならなかったのだ。

「悪かった、本当に…仕事が大変だったんだよな…」
土方は総司をそっと抱き寄せて、柔らかい髪を撫で付けた。
最初は少し不貞腐れた様子だった総司も、やがて落ち着いてきたのか、
土方の背中に手を回して、胸に顔を埋めてきた。



「本当に、信じてくれるんですか…?」
「勿論だ。お前を信じきれなかった俺が悪いんだ…すまなかった」
言いながら腕を緩めると、土方は総司の顎に手をかけた。

次の行動は何か、もう総司も分かっている。
頑張った後には先生が必ずくれる、ご褒美だ。

ゆっくりと瞼を閉じれば唇に、何度も何度も甘く優しいキスが落とされた。
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そんな訳で、土方さんが嫉妬するお話でした☆普段はめちゃ健気でおっとりな総司ですが、怒ると口が悪くなる設定にしちゃいました。
危ない目によく合っていたと思うので、そうやって身を守ってきたという設定も面白いかな、と…笑
可愛らしい総司が好きな方にはすみませんです…!続きの内容も大体できてるので、ぼちぼち書いていきたいと思ってます。
ちなみに、管理人は高校2年までしか化学をやってなかったので、補講内容は適当です。専門用語使おうと思ったけど、忘れてました。笑