この先二人に何があっても



伊東さんが分離を申し出たのはつい先日の事。

その彼に、江戸からの同志であった藤堂さんが付いていくと言い出してからは、
土方さんは乱暴に私を抱く様になった。
私の体調など構いもせずに夜毎に行為を迫る様になり、
時には十分な潤いを与えられぬまま、一方的に行為に及ばれた。

理由を問うても、様々な鬱憤をぶつけているだけだと言う。
確かに、伊東さんに言い包められた悔しさと苛立ちは察するに余りあるし、
自分も藤堂さんの件は残念に思っている。
だから、そう言われれば理不尽極まりない事は変わりないけれど、
何となく流されて納得させられてしまう。

でも、もっと他の理由がある気がしてならない―――





朝の霜が高く積まれる季節になった。
京の寒さは厳しいものであると昨年までに身を以て学んだが、今日は殊に極まっている気がする。
昨夜も遅くまで身体を求められたのだが、少し微睡んだ程度で目を覚ました。
夜明けにはまだ時間がありそうだが、ふと見やった障子の向こうがほんのり明るい様で、
無性に外に出たい気持ちに駆られ、痛く怠い体で寝返りをうつ。

胸元と腰の辺りに絡められた腕をそっと解くと、穏やかな寝息が聞こえた。
(最近は近藤さんのフォローで悩んだり、忙しそうにしてたからなぁ…)
思わずその端整な顔に見惚れていると、下腹部に痛みを覚え、何かが菊座の辺りを濡らした。
流れだしたのは、昨夜の名残だ。

翌日の負担を慮ってくれればいいものを、いくら頼んでも内部に放出する。
昨夜の懇願もまた、受け入れられることは無かった。
不快な感覚に顔をしかめ、少し恨めしく思って横目に睨むが、無防備な寝顔に逆に愛しさを増してしまう。
目を覚ましたら思うだけの文句を言いたいが、
どうせまた絆されてしまうのだろうと思い小さな溜め息をもらす。
廁へ行って出してしまおうと考え、腰を労りながらゆっくり立ち上がるが、
真っすぐ歩けそうになく、心底情けなく思いながら襖に支えを求めた。

きちんと着物を纏っているが、記憶にないところをみると、情事の中途で気絶した自分に着せてくれたのだろう。
額を流れた汗や、顎を伝ったであろう唾液も拭われている様だ。
(変なトコで律儀だからなぁ、土方さんは)
くすっと小さく笑い、襖伝いにようやくたどり着いた障子を引く。

「わぁ…」
戸を開けると、一面の銀世界があった。
昨日は鮮やかな緑だった松も、苔の生えた岩も白い衣を纏い、
日頃は夜闇に覆われている庭をうっすらと照らしている。
道理で寒い訳だ、と納得し、両手で二の腕の辺りをさする。
(ちょっと外に出たいなぁ…)
そう思い、廊下に片足を踏み出そうとした時、背後から声がかかった。
「おぃ、寒いだろ。こっち来いよ」

振り返ると、褥の中で片肘を付いてこちらに体を向けた土方さんが、不機嫌な視線を送っていた。
この寝覚めの悪い恋人が目を覚ましたという事は、相当な寒さを感じたに違いない。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「構わん。それより、もう一眠りした方がいい」
「ええ。でも見て下さい、雪ですよ」

身を捩り、振り返って見つめると、やがて観念した様に頭を掻きながら大仰な溜め息をついて、起き上がった。
私のところまで来ると、後ろから両手を摘み取り、前に回して包んでくれる。
「冷えてんじゃねェか…」
舌打ちをしながら呟くので苦笑を浮かべながら、彼の胸に体を預ける。

「わッ…!?」
すると突然、浮遊感を覚え、気付けば彼がが横に崩した脚の上に座らされていた。
畳に直接触れさせない様にしたのは、畳に体温を奪われない様にするためか、
腰の懈怠感を悟っての労わりのためだろうか。

眠気のせいか暖まっている彼の腕に包まれて、私たちは無言のまま、
本当に少しの雪が、中空を舞い踊る情景を眺めていた。

ふいに、彼が私の腿に遊ばせていた手に力を込めて、腰を強く引き寄せた。
少し驚いたが、それには特に応えずに、何故か慌てて話題を探す。

―何となく、避けたい話が展開される様な気がしたから。



土方さんは私をきつく抱く様になったのは、実は松本良順先生の大掛りな診察を経てからの様な気がする。
診察の結果、重病人も見つかったから、体調を崩す事の多い私が気にかかっているのだろう。

先生は私の意を汲んで、これから新選組の医務を担当する山崎さん以外には、
この忌まわしい病の事を言わずにいてくれた。
だから、それに気付いた所為ではないと思いたいけれど…
勘の良い彼の事。
既に気付いているのかもしれない…

だから、体調に関わる話をされない様にしなければ。



ようやく見つけた話題は、いつも彼を怒らせているものだった。
「こんなお庭を眺めていると、いつぞやのあなたの句を思い出しますね。
 『大切な 雪は溶けけり 松の庭』…でしたっけ」
「余計な事は覚えてやがるんだな…」
いささかげんなりしながら答えるが、怒らないところを見ると、お気に入りの句なのだろう。
失礼かとは思うが、こういう所は本当に可愛いと思う。
つい、からかいたくなる。

「あ、違った!その前に、雪に足跡が無いのを喜んでましたね」
何て句でしたっけ、と見上げて言おうとすると、唇に言葉を遮られた。
彼は私の体を向き直らせ、口を吸いながら障子を閉めた。

長く口内を蹂躙され、頭の芯が惚けて思考が回らなくなった頃、ようやく解放される。
もう何を話していたのかもはっきりしない私に、彼が問う。
「お前、雪灯りが気になって起きたのか?」
「…ええ」
まさか、昨夜の男の蜜を出しに廁へ行くつもりだったとは言えない。

「まだまだ子供だな。だから…」
「だから?」
珍しく中途半端に言葉を切り、少し俯く。
私は首を傾げて表情を覗き込み、次を促した。

「―だから、何があっても、俺の側にいろよ。絶対に離れるな」
「―――!」
私はそれまで浮かべていた笑みを消して、瞳を閉じた。
彼の心中を知って切なく思い、また病を気取られていない事に安堵する。
(土方さんが私を離さなくなったのは、藤堂さんの様に側からいなくなる日を恐れているからか…)
喜びとも悲しみとも言えぬ感情に、私は言葉を返すことができなかった。

彼は無言の私に答えを強要しようとはせず、強く抱き締めると、首筋に朱を刻む。
そのまま畳の上に倒され、鎖骨の凹みを吸いながら襟を広げられる。

「…もう一眠りしないと」
こんな事をされては、眠れなくなってしまう。
そう思い、先程自分に投げかけられた言葉をそのまま返す。
「いいから、黙ってろよ。返事は体に聞く」
無茶な台詞と共に帯を抜かれ、紐も取り払われる。
自分が着せた寝巻きを自分で取り払おうとは、何とも可笑しな話だと思いながら
溜め息をしようとすると、代わりに甘い吐息が漏れた。

「儚いな…雪も、お前も」



日が昇った頃に降り始めた雨はお昼過ぎに止んだが、二人で眺めた雪は名残さえも残さずに消えてしまった。

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ちょっとだけですけど、エロっぽい要素が入ってます。苦手な方、物足りない方、すみませんでした…!
病に関しては2人とも分かってるけど、総司は知られたく無い・気付かれてしまったのか知りたい、
土方さんは認めたく無い・直接聞きたいけど聞けないって状態で、お互いに探り合うんだけど、最終的には逃げてしまう。
そんな感じの設定です。(2005.11.3upload)