離れている時間



「あーあ。やっぱり一人になっちゃったなぁ…」
総司は遠くの夕日に染まった空を眺めながら、溜め息混じりに呟いた。

お囃子の音が、鴨川沿いの街道筋に響き渡っている。
今日は、ちょっとしたお祭りがあるのだ。
本当は土方を誘ってくるつもりだったのだが、仕事に阻まれ、
ここまで一緒に来た子供たちは、迎えにきた親御さんと共に行ってしまった。

「バレたら怒るだろーけど…大丈夫、かな」
総司は一人で小さく頷くと、止めていた足をお囃子の方へ進め始めた。

――話は半月前に遡る。





「出張、ですか」

新選組が大きくなるにつれ、必然的に雑務は増えて行く訳で。
それを取り仕切るのは、副長の仕事となっていた。

「ああ。大坂までだから、すぐ戻る」
「じゃあ行かなくていいじゃありませんか。
 どうせ金策なんでしょ?河合さんに任せちゃえばいいのに」

総司は無責任に言ってのけると、伸びをする。
背中合わせの土方にもたれかかっていたため、振動が伝わり、危うく文に筆を落とす所だった。

「お前なぁ」
筆を硯に休ませると、土方は溜め息をついた。
「もうすぐお祭りがあるのに、難儀ですね」
(…そう言う事か)
沖田の呟きに、彼の真意を悟る。

「悪いな。とにかく、今回は俺が行かなきゃなんねーんだ。
 俺がいない間、局長を頼むぜ助勤筆頭」
まるで隊務中の様な口調の土方に、総司はふくれる。
が、何かを思いついたらしく体を起こして土方の背中に向き直る。

「あ、副長殿の護衛は?お引き受けしますよ!」
「それなら斎藤に頼むつもりだ。生憎と、子守する余裕はないからな」
土方は意地悪く笑い、横目で彼を覗き見る。

「もー!またそんなコト言って…いいですよ。鉄君とお祭り行きますから」
「お、おい!祭なんて人の多い処に市村なんかと行くんじゃねぇよ!!
 …そうだ、山崎君と行け。それなら許す」
沖田の発言に慌てふためいて声を荒げる土方。

「あなたに散々扱き使われてる山崎さんに、そんなお時間ありますか?」
「うッ……」
痛い所を的確に突かれた土方は、返答に詰まるが、ここで引き下がる訳にはいかない。
祭で浮き足立った男共がいる様な場所に沖田が連れもなく行ったとしたら…
どうなるか目に見えている。

そこまで考え、沖田の方に向き直る。
「やっぱり、お前は祭に行くな」
言い放った一言に、それまで浮かべていた得意気な表情が驚愕に塗り替えられた。

「ちょ、何でそうなるんですか!」
「お前がくだらねェ理屈を言ってるからだ」
「〜理不尽!」
あひる口で不平を唱えるが、土方には通用しない。
むしろ、祭に行かせてはいけないという思いが強まるばかりだ。

「うるせぇ。とにかく、祭には行くな!副長命令だ。分かったな、沖田」
「分かりましたよッ!」
総司は副長命令にしぶしぶ従いつつも、文句を呟いている。

「お前は新選組の顔だから、何かあったら困るんだ」
「何も起こりませんって…」
しつこく釘を打つ土方に、総司は観念した様に溜め息を漏らした。





そして、今。
成り行きとは言え、彼は一人で祭に行くはめになっていた。

土方の言葉はしっかりと覚えているが、出店を一周見て回る位なら平気だろうと歩を進める。
途中ですれ違った非番の隊士たちが何故か同伴を申し出てくれるが、彼らは彼らで親交を深めるべきだし、
自分はすぐに帰るつもりなので丁寧に断りを入れる。

人込みの中で、父親に肩車してもらっている子供とすれ違った。
目を輝かせてあちこちを指差す子供と、畳み掛けられる言葉の勢いに苦笑する父。
祭や花火があれば、よく目にする光景だ。

(江戸にいた頃、土方さんがやってくれたっけ…)
頼み事など決してできない性格だった自分の気持ちを汲んで、土方が肩に乗せてくれたのだ。
武家に生まれて親に甘えることなどできなかったため、初めてやってもらえた時は本当に嬉しかった。
あの時広がった風景は今でも鮮明に覚えているし、楽しかった思いがあるからこそ、祭が好きでたまらない。

並木の様に提灯が規則正しくぶら下げられ、その下には種々の出店。
周囲の夜闇と溶け合って不思議に消えゆくけれど、確かに響くお囃子。
紙風船をもらい、膨らませた所で土方の頭上から落とし、果ては土方に踏まれたり。
金魚掬いの桶の中から目つきの悪い大振りの1ぴきを見つけて、必死に追い回したり。
まさか嫌いなのだとは思わず、あんず飴を土方におすそ分け(押し付け)したり―――

思い出せば思い出す程、今の寂しさが増す。
仕事なのだから、仕方ないが―
「やっぱり…一緒に来たかったなぁ…」
思わず呟く。

「誰と?」
返事の無いはずの呟きに答えがあった事に思わず肩を震わせると、恐る恐る振り返る。

と、そこには山崎の姿があった。
「何だぁ、山崎さんですか…」
安心した様な、しかしがっかりした様な気持ちをそのまま態度に表してしまう。

「すみません、副長ではなくて」
「あッ、すみません!そんなつもりでは…」
「いえ…」
とっさに出た返事を沖田が心底申し訳なさそうに謝ると、すぐに否定の一言を加える。
表情にこそ表れていないが、山崎の声には穏やかな温もりが感じられた。

「本当にすみません、お忙しいのに」
「いえ…」
再度謝る沖田に、やはり山崎は短く答える。
山崎が土方から祭に同行する様、言付けられていた事はもう沖田には分かっているのだろう。
暗がりの中ではあるが、山崎の視線には綻んだ口元と愛おしげに細められた目が映る。

その極上の笑顔をすぐに隠し、綺麗にかたどられた笑みを山崎に向けた。
「それでは、少ーしだけ付き合って下さいますか?」
「はい。行きましょうか」
淡々と言葉を返したが、あの笑顔はやはりただ一人の為に存在するのだと改めて実感させられ、
山崎の胸が、少し痛んだ。

少しでも早く土方が帰り、あの幸せに溢れた笑みが戻ること―
それが一番の願いだと、山崎は自分に言い聞かせた。

              ************************************************************

終盤だけ、土沖←ススムな構図になりました。
当初の予定では、土方出張中のお祭に行きたくて仕方なくて、結局一人で行くとこまでは一緒だったんですが、
総司の行動を読んで急遽駆けつけた土方とデートして、約束破った罰で褥に持ち込まれるはずでした。
予定つぶして来てくれる展開ってありきたりだから止めたんですが…結局これもありきたり。苦笑
でも、定番パターン大好きです◎ (2005.10.8upload)