振り返ったその先に |
*暗いので、平気な方だけスクロール↓↓
山南さん切腹ネタも絡んでます。
慶応元年二月二十三日、山南敬助切腹― 新選組総長であり、江戸からの同士である彼は、脱走の罪で昨夕、自らの腹を裂いた。 幹部から入隊したての者まで全ての隊員に激震が走り、それぞれの嘆きと憤りは様々な方向にあてられ、 言うまでもなく、大多数の矛先は副長である土方歳三に向けられた。 山南とは人目にも険悪に映っていた仲だ。 脱走するような状況に追い込んだのも、切腹させたのも彼だと、誰もが決めつけて疑わなかった。 実際には、誰も望まず誰も命じてなどいなかったのに――― いつも通り、朝が訪れた。 変わった事は1つだけ。一人の人間が、新選組からいなくなっただけ… 俺は昨夜から呆けて文机に肘をついたまま、次第に明るんでいく障子を見つめていた。 隊士達が自分を非難しているだろう事は容易に推測できるが、弁解など必要ない。 俺自身が作り上げた『鬼の副長』という存在。 鬼の隊規の遂行人は、無情である方が都合がいい。 そう。全ての奴に知ってもらう必要は無い。 自分の心を理解してくれる人々が少しだけいれば、十分だ。 何よりも怖いのは、その人々がいなくなってしまうことだと気付いたのは、 皮肉にも、昨日の山南と明里の逢瀬の話を聞いた時だった。 自分の"人道の縄"を任せた、大切な理解者の一人が死をもって教えてくれたのだ。 ―そう言えば、いつも邪魔な位そばにいるあいつが今日は来ていない。 誰よりも俺を理解して受け入れてくれる、あいつが。 『汚い』 何度も何度も、そう言われた。 言われずとも、自分の汚さを理解していたつもりだった。 だが、改めて指摘されると苦しくて、呼吸も詰る。 幾人も殺めてきた、自分の手。 目的の為なら人殺しも厭わないという、思想。 そして何より、 ――忌むべき病に蝕まれようとしている、この身体。 あの、綺麗で高潔な人を斬ってしまった。 以前から、稽古の際に、集中すると敵を見る目になってしまうという事は知っていた。 でもまさか、あの人が敵か味方か、判断がつかなくなってしまうなんて。 あの人が土方さんを本気で襲うはずなど、なかったのに… …そうだ、土方さん。 きっと彼は心の中で、山南さんと自分を責めている。 『あなたの所為ではない』と言ってあげなければ。 そう思い、文机にもたれかかっていた体をゆっくり起こす。 視界に入った右手の手ぬぐいは、交換したばかりだと言うのにまた血が染みていた。 ぼんやりとそれに見入っていると、昨日から敷きっぱなしの布団と サイゾーが遊び散かした半紙にまみれた部屋が、急に明るくなった。 「…土方さん」 襖を開けたのは、今まさに会いに行こうとしていた人物だった。 呆けて彼を見上げていると、意識が働く前に自然に喉が音を発していた。 「どうしたんですかー?土方さんが昼間から私の部屋に来るなんて、珍しいですね」 満面の笑みを併せて向けたつもりだが、彼は険しい表情に無言のまま、後手にふすまを閉める。 無理をして引きつった表情をその両眼に映してしまったのだろうか。 彼は屈みこんで総司の右の二の腕を掴むと、目を細めて血の滲む手ぬぐいを眺めた。 「これは?」 先ほどの鋭い目は、これを見つけたからだったのか。 これが明里に引っかかれた傷だと言えばまた彼は傷ついてしまうと思い、今度は自分が問いかけに黙り込んだ。 躊躇いがちに眼前にある彼の顔を窺うと、 やはり目元が仄かに赤く、平素くっきりとしている筈の二重瞼が曖昧になっている。 ――話を、しなければ。自分が伝えたい事を、告げなければ。 昨日の山南と明里の今生の別れを受けて、言葉という媒介が無ければ伝わらない事もあり、 死と隣り合わせで生を送る自分達は、それを伝えておく必要があると分かった。 これ以上、後悔などしたくはない。 「あなたが責任を感じる事はありません。道なんて、人によって見え方が違うもんです」 言いながら自分の腕を掴んでいた彼の手をやんわりと退け、代わりに両手で包む。 「道、か…」 「目的地が同じとは限りませんし、同じであっても、辿り着くまでの行程は違うでしょう?」 例えどんなに分かり合った仲でも、志を同じくしていたとしても、 それぞれの信念や立場などによって成し遂げるまでの方法は様々だ。全く同じになる訳がない。 土方は真っ直ぐに彼の瞳を見つめて、話に耳を傾けていた。 その片手は総司の頬をなぞっている。 「でも、土方さんの道には必ず私がいます。 あなたが私に途切れていた道の続きを与えてくれたから、この道はあなたの道に通じているんです」 「総司…」 「いつまでもあなたの背を追い掛けて行きますから、安心して歩いて下さい」 総司はそう言うとそっと土方の胸へ身を任せ、細い腕をまわし、やんわりと抱き締めた。 あなたは、決して一人ではない。 側に居る私を、忘れないで。 腕の中の総司から、何度も何度も口付けが落とされる。 幾度と無く繰り返されたその行為にようやく覚醒したかの様に、土方は総司に応えた。 ―そうだった。 自分の後ろには必ず、総司がいる。 その最愛の理解者は、振り返った自分を極上の笑顔で迎えてくれる。 一人では…独りでは無いのだから、また前に進んでいける。 そうして光を取り戻した瞳は、まずは目の前の獲物を床に抱き伏せた。 |
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ピスメだと、山南と明里は切腹直前に合ってないですけど、勝手に話をした設定にしちゃいました。すみません…! 総司はどんなに辛くても土方さんと近藤さんの前では泣かないと思うのですが、屯所に戻る前の晩に一泊した時には、 山南さんの前で大泣きしたんじゃないかな、と思います。山南だけが、涙を受け止めてくれる相手だった、みたいな。 しっかし、何か暗い話ばかり続いてしまってますねー。次こそは明るく楽しくしたいなぁ… (2005.9.15) |