健やかなる時も病める時も |
「まったく珍しい事もあるもんですね〜。鬼の副長さんが、熱だして寝込むだなんて」 そう言いながら、あいつは心底楽しそうに笑う。 いつも通り、朝からやたら元気なこいつが起こしに来た。 ふすまの間からのぞいた庭の草花は朝露に輝いて、風情の極みだったので、 こんな日には詩吟に興じたいものだ。 ――と思ったのだが… どうにも思考がまわらない。 上半身を起こしてみると、やたらと重い頭に目線が定まらない。 すると、総司が自分の顔が赤いだとかなんとか慌て出して 俺の額に手を当て、結構な熱があると言った。 どうやら、昨夜雨に打たれたのがよくなかったらしく、発熱してしまったらしい。 一体、何年ぶりだろうか。 発熱といえば、総司の専売特許と言った感じで、自分はもっぱら看護をしていた。 となれば、この不覚は江戸にいた頃ぶりか。 「うるせぇな。お前、見回りは」 「今日は非番です。朝稽古も終わりましたから、しっかり看病しますよ」 張り切ってそう言ってのけたあいつに、俺の頭痛は悪化する。 「大体ね、徹夜続きで会議に行ったりなんかして疲れてるのに、 雨宿りとか傘を借りたりしなかったあなたが悪いんですよー。 聞けば、先に出た土方さんにも籠を用意しようかと、近藤さんが声をかけたって言うじゃありませんか。 どうして歩いてお帰りになったんですか?」 頭痛に苦しむ俺に、総司は一気にまくしたてる。 江戸に居た頃、自分に言い寄ってきた口うるさい小娘にそっくりだ。 「俺が出た時は降ってなかったんだよ!一気に喋るな。聞いてると滅入る」 ぴしゃりと言い返し、あっちへ行けと手をひらひら動かす。 「―おやおや。じゃあ、一度退散しますよ」 言いながら俺の額の手ぬぐいを取り、自分の額を当てる。 触れた、総司の柔らかい肌と適度な温もりが心地よい。 続いて枕元の桶で手ぬぐいを濡らし直し、俺の額に戻した。 「まだ熱が高いですから、おとなしく寝てて下さいね」 ふんわりとした笑みでそう言い残すと、あいつは静かにふすまを閉めていった。 俺は一人になれた事に安堵して、溜め息をつく。 どうして先に歩いて戻ってきたかと言えば、 寒い中、門前や部屋を行き来しながら自分を待っている恋人がいるからだ。 その日のうちに戻ってくるという時は大抵、総司は自分が帰るまで起きている。 「お帰りなさい」と言う為だけに、雨が降っても深夜になっても待っているのだ。 そんな恋人がいるのに、妾宅に寄る近藤さんに付き合う事などできるはずがなかった。 しかし、雨が降るとは思いもしなかった。 天からの雫がぽつッと滴った途端に、総司が濡れて風邪をひいてしまうのではないかと、 ただそれだけに思考を捕らわれて、自分が雨宿りをすることなど考えもせずに焦って戻って来たのだ。 総司は屯所にいたのだから、傘も雨をしのぐ場所もあったというのに。 (あいつの事を考えると、他が考えられなくなっちまうんだな…) 目を閉じ、愛しい恋人の事を目蓋裏に思い浮かべると、急に眠気が襲ってきた。 総司に言われた通り、ここ3日ほどろくに寝ていないうえ、起きていてもろくな思考はできない。 たまには、朝から寝てしまおう。 そう思うと、急速に眠りに落ちていった。 「ひっじかーたさーん♪」 相変わらず、なぜか上機嫌なあいつの声に目を覚ました。 一体、何刻ほど眠っていたのだろうか… 右手で頭を軽く抑えながら、体を起こすと、総司が大丈夫ですか?と声を投げかけてきた。 「ああ…さっきより大分マシだ。それより、どうした?」 「?どうもしてませんけど。お昼なので、お食事をお持ちしたんですよ」 「腹なんて減ってねーよ…」 それしきの事で自分を休息のまどろみから引きずり出したのかと思うと、少々恨めしい思いがした。 しかも、自分が寝込んだ時にはどんなに叱っても食事をとらないくせに、人には食べさせようと言うのか。 …ちょっと待てよ。 これで総司にも、病人に食事を与える人の気持ちや大変さが分かり、 素直に受け入れる様になるのではないだろうか。 だとしたら、自分が総司と同様に頑なに拒めばいいのだ。 俺は内心でほくそ笑むと、布団の横でもぞもぞと何かをしている総司を見た。 すると総司は満面の笑みで 「はい、土方さん。あーんして下さいvv」 と言いながら、粥の入ったさじを俺の口元に向けてくる。 俺は思わず、うっと息をつまらせ、唾を飲み込む。 総司の笑顔だけで、碗に大盛にした米を何杯でも食べられそうだ。 「どうしたんですか?口を空けて下さいよ〜」 「い、いや、腹は減ってないんだ」 「病気の時は、栄養のあるものをしっかり摂らないとダメです! いつも土方さんが私に言ってるじゃありませんか」 半分は本気で心配し、もう半分は自分をからかっているのだという事が分かるのだが… 小首をかしげて上目遣いで訴えてくる目の前の佳人の、巧みな罠だと分かっているのだが… 俺の意思も矜持もあっさりと打ち砕かれた。 俺は少しずつ、上下の唇を放していく。 その様を見た総司は無邪気に喜んで、さじの粥をふーっと吹いて冷ましてから、俺の口元に寄せる。 慎重に、こぼさぬ様にゆっくりと粥が俺の口腔へと導かれる。 「熱くないですか?美味しい??」 「ああ、丁度いい」 不安そうに俺を見上げる総司の2つの問いに、俺は一言で応じる。 よかった、と目元で笑みをこぼし、総司は次々に食材を運んだ。 やがて全ての器が空になると、ずっと立て膝をついていた総司は俺の枕横で脚を伸ばす。 「うまかった」 ありがとう、などとは口にしない。 こいつと俺の間なら、この一言で含められた感謝の意も伝わる。 「熱、早く下がるといいですね」 傍にいることが幸せだ、といった感じの穏やかな微笑み。これは本音だろう。 「…あ、でも、私はもうしばらく土方さんに寝込んでもらっててもいいですけど! あーんしてる時の土方さん、可愛かったです」 今度は含み笑い。人をからかう時、こいつは絶対こんな顔をする。 …結局、総司に周囲の苦労を理解させることはできなかったが、今回一つ分かったことがある。 それは―― 「!!…んッ……ぅん…」 俺は総司の頭の後ろに腕を差し込み、一気に引き寄せて口付けたのだ。 心構えもできていなかった総司をそのまま胸に抱き、布団の上に倒れこむ。 「な、何するんですかッ!!」 「何って、お前が教えてくれたんだろ?」 「だから何が!?」 あの、自分の元へさじが向けられて、その内容物が口腔に届けられるまでの、もどかしくじれったい時間。 自分が総司にキスをする時、同じような感覚を与えているのではないか、という事。 「中途半端な間を与えるのは、お前に悪いって事」 自分が、片方の口角を上げ、相当な犯罪者面をしているだろうという事は察しがつく。 俺を怯えた眼差しで見ている総司は、すでにこの後の展開が読めているのだろう。 慌てて逃げようとする腰を両腕で抱え込み、白い首筋に歯を立てた。 「さて、食後の甘味をいただくとするか」 |
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2回連続土惣で書いてしまったので、今回やっと京都のピスメっぽい話になりました! ちょっと土方さん格好つけすぎてて あ、分かりにくいですが『健やかなる時も病める時も』盛ってる土方さんって解釈です。爆 (2005.9.13) |