気が付いた時には、もう



道行く人々が振り返る、親しげな2人の美男美女。
お使いを頼まれた僕は、遠景としてそれを留めたのだけれど―――
気付いてしまった。
その男が、あの人だという事に。




「悪いな、遅くなっちまって」

太陽が空を半ばまで横断した頃、ようやく土方さんは現れた。
いや、と言うよりも、帰ってきたという表現の方が本当は正しいのかもしれない。

行商を辞めて天然理心流に入門した土方さんは、
それでも道場におとなしく留まっている日など殆どなかった。
夜毎にどこかへ行ってしまう。

今日だけは、傍に居てくれると思ったのに…
今日は自分の誕生日。
一緒に遊びに出掛けようと、ずっと前から約束していた。
この時間では、もう遠出などできないだろう。

自分との約束もそっちのけかとただ悲しく思っていると、先程の映像が脳裏に浮かぶ。
途端、頭の中がざわっとした。
ずっと黙り込んでいた自分を覗く、彼の顔を睨む。

「昨晩から、随分ゆっくりなさってたんですね。お陰で、今日も色々と言い付けられちゃいましたよ」
「おい、そんなに拗ねるなよ」
「別に拗ねてませんよー!」
憮然として言い放つ僕に、彼は苦笑する。

正直、拗ねている訳ではなかった。
自分でもよく分からないけれど、自分より女の人を選んだコトがどうにも引っ掛かる。
元々、遊び好きな彼だ。こんなの、よくある事なのに…
自分の誕生日だから?いや、そんな子供じゃあるまいし。

「ま、掃除なんて放っておけよ。出掛けるぞ」
自分の心中に苦悶していた僕に、土方さんが呼びかける。
「今からですか?でも、頼まれた事が他にもいっぱ…ッ!!?」
頷いた彼に躊躇いがちに返す言葉を、唇で妨げられた。

土方さんは、ずるい。
時々、突然僕に口付けるのだ。
それも大抵、彼に都合の悪い話をしている時。
ふと、今朝の女の人にも同じ様に口付けて抱き締めたのかな、と気になった。
ざわざわもやもやした気持ちは、抜けない。

「いいから、行くぞ」と耳元で囁くと、僕の腕をぐいぐい引っ張って行く。
からかいだと分かってはいるものの、口付けられると頬を真っ赤にしてしまう僕は、
俯きながらそれに付いていく。




やがて着いた場所は、よく手入れされた小さな池と緑の鮮やかな広場。
どこかの名主の所有している庭園なのだろうか。

本当は、多摩川の方まで行く約束だったハズだけれど。

「多摩川は?」
「今度連れてってやるから、今日はここで我慢しろ」
心うちを隠して、不満を投げかけると、ぴしゃりと言い放った。
(本当に、いつも強引だなぁ…)

でも、勝手に侵入して大丈夫なのか気になるが、確かに良い場所に連れてきてもらったと思う。
僕はその場に立ち尽くしたまま、緑の匂いと小鳥のさえずり、時折跳ねる鯉の水音に瞼を下ろす。
全てのしがらみから開放された心地がした。

しばらくして、
「ほら、食えよ」
と言って隣に座り込んだ土方さんが開いた風呂敷包みの中には、無数の笹包み。
僕も隣に腰掛けてそれを開いてみると、中にはぼた餅が入っていた。

あずきが荒く残っているし、きな粉がまぶしてある物は少しいびつな気がする。
(もしかして、手作り…?)
一口食べると程よい甘さが口内に広がり、次を促す。
気付けば、あっという間に1つ食べ終わっていた。

「これ、土方さんが作ってくれたんですか?」
嬉しくて、声を弾ませながら彼を見上げると、恥ずかしそうに頭を右手でかきながら、
小さく「おう」と返事を落としてくれた。

「嬉しい…!すごく嬉しいです!!」
甘いものが苦手なのに、僕の為に作ってくれた。
料理なんて絶対にしないと言っていた土方さんが、作ってくれた。
有頂天になりながらそこまで考えると、ようやくある答えに思い至った。

「もしかして、今日遅れたのって…」
「…これ作ってたんだよ」

――やっぱり。
よく考えれば、彼が自分との約束に遅れたのは今回が初めてであった。

「じゃあ、今朝の綺麗な女の人は…」
「へッ!?お前見てたのか?」
「お使い頼まれて、出かけた時に偶然」
「見られてたのか…だから拗ねてたんだな」
拗ねてません、と言い放つ僕を無視して、例の女性について説明してくれる。
「あいつは、日本橋にある茶屋の娘だよ。丁度こっちの方に来てるって聞いて、
 作り方を教えてもらったんだ」

「てっきり、私との約束を忘れて、あの綺麗な女の人と遊んでいたのかと思いました」
ついぽろっと本音を漏らし、彼の気分を損ねたのではないかと思い、慌てて隣を見上げる。
すると、土方さんは僕を見つめて意地悪な笑みを浮かべていた。
「じゃあ拗ねてたのは、ヤキモチやいてたからか」
「え!?」
「拗ねてないのにいらいらしてたんなら、ヤキモチだろ」
「ち、違い…!」

とっさに反論しかけたが、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
あの時、彼と一緒にいたのが美女ではなく男の人だったら、
そう例えば近藤さんだったとしたら――
拗ねることこそあれ、この妙な気持ちは感じなかった様な気がする。
(もしかして…僕は土方さんが、好き…なのかな)

「おい、どーした?」
それまで黙っていた土方さんが急に話しかけてきたので、僕はびっくりして彼を見た。
その瞬間、さっきまでの自分の思考が甦って一気に体が熱くなるのを感じ、
慌てて視線をそらしたが、耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「な、何でもないですッ!!」

(どうしよう、絶対変に思われた!)
自分の気持ちに気付いてしまった。
いつから、そんな風に土方を見始めていたのだろうか。
これから、どんな風に接していけばいいのだろうか。
思考が過熱していく。

「何でもねーなら、構わないんだが…
 ま、もっと食えよ。折角この俺が作ったんだから」
そんな僕に返ってきた言葉で、僕は一気に落ち着きを取り戻す。

「あ、はい。いただきます!」
また、甘いぼた餅を口に含む。
とにかく今は、こうして優しい兄の様な彼と一緒に過ごせるだけで十分だ。

二口、三口とぼた餅を頬張りながら、同時に、今の幸せもかみ締めた。

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んーと。これ、タイトルと内容が合ってない気がしなくもないですけど…苦笑
とりあえず、土方さんへの気持ちを自覚する総司を書きたくて。これで土方→総司の一方通行が終わる感じ。
土方はラストでにんまりですね。自覚させちゃって。
総司が内心では「僕」と言って、人に対しては『私』って使い分ける辺りで、大人と子供の狭間を表現したかったんですが、
読み返したら、1度しか使ってませんでした。(だめじゃん…)

(2005.9.12up)