お疲れ様、ありがとう


寒さも漸く和らぎ、大地からは春の兆しが顔を覗かせる―
そんな、弥生の1日目。

剣の腕では洛中一と謳われる新選組の沖田総司は、とある工房を訪れていた。



「んー、もう少し大きなものはありませんか?」
「すんまへんなぁ…そない大きゅうても売れへんさかい、作らへんねや」
申し訳なさそうに頭を下げる主人に、総司は慌てて手を振ってみせた。

「あ、いえ!私こそ困らせる様な事を…それでは、こちらを譲っていただけますか?」
「へぇ、おおきに。持って行かはりますか?」
「後日、受け取りに伺います」
「へぇ、分かりました。お待ちしとります」
用向きを伝えると、総司は笑顔で暖簾を潜り抜けた。
―これで、準備万端。彼女の喜ぶ顔が見られるはずだ。
そう思うと、堪えようの無い笑みが零れた。



「先生。あちらは、沖田先生ではありませんか?」
「なに…?」
巡察中、隊士からそう耳打ちされた原田は、彼の視線を追い、
通り向こうの長屋から満足気に歩き去る沖田の姿を目に留めた。

「お前ら先に行ってろ!」
そう言って、耳打ちをした隊士と供に隊列を離れると、すぐさま沖田のいた家へと向かった。

「…ただの家だな」
「自分にもそうとしか…」
彼は原田に首を傾げてみせる。
どこからか子供たちの走り回る声が聞こえ、軒先には立ち話に耽る女たち。
そんな何の変哲もない長屋の一角から、妙に浮かれて出てきたと言う事は…

「…女か」
目を光らせ呟いた原田に、彼は軒先に向けていた視線を弾かれた様に向けた。
これ以上ないほどに目を見開き、開いた口は小刻みに震えている。
「おきっ、沖田先生に…お、おお、女ぁ!?」
「馬鹿、声がでけぇ!!」
彼の反応を面白がっていた原田は、その声を聞くと慌てて彼の口を塞いだのだが、
原田の声の方がよっぽど大きかったらしく、周囲にいた人々は振り返った。
が、相手が新選組と分かると、何事も無かったかの様に再び背を向ける。

「間違いねェ…総司も大人になったってこったなぁ」
周囲の状況など一切意に返さず、原田は何故かしみじみと一人で頷いている。
彼は動揺しきったまま、震えた声で問い掛けた。
「ど…どう、します?」

「どうって…そりゃあ、歳さんに報告するしかあるめェよ」
原田は楽しげに、歯を見せて笑った。





こうして、土方が密命として一番隊組長を除く全隊士に下した、
『沖田総司に何かあれば、どんなに細やかな事であろうと報告せよ』という規約の為、
日中の不穏な動きは副長の知るところとなった。

日も暮れた頃に嬉しそうに屯所に戻った総司の元に、悲壮な面持ちの隊士が駆け込んだ。
「どうしたんです?今にも泣きそうな顔して…」
息を切らす彼に笑顔で返せば、何故か逆に瞳が潤いを帯びたようだ。
確か彼は最近入隊したばかりの―
もしや嫌がらせでも受けたのでは無いかと思い至った総司は、一気に表情を険しくした。

「何があったんです…!?何でも話して下さい。私でよければ、伺いますよ」
その言葉に救われた様に、彼は嗚咽を堪えていた顔を上げた。
彼の瞳は真剣そのものだ。
一体、どれほど悲惨な嫌がらせを受けたのだろうか…総司は、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「お、沖田先生…!すで…既に決められた女性がいらっしゃるなんて…
 僕にはもう、もうっ、見込みすら無いんですね!?何時まで、先生を待っていてもっ…!!」
「はっ…!?」
一体、何の話をしているのか分からない、総司がそう言おうと思った時には、
彼は大粒の涙を、信じられぬほど絶え間なく流しながら立ち上がっていた。
「待っ―」
そう言いながら総司が前方に手を伸ばした頃には、彼は部屋を飛び出してしまっていた。

残された総司はしばらく呆然と片膝を立てたまま、障子の隙間風に打たれていた。



「土方さーん、ちょっといいですか?」
部屋を覗き込んだ総司は、何故か不機嫌そのもので黙ったままの土方の隣へ腰を下ろす。
彼は総司を冷たく一瞥し、彼に背を向けて再び煙管を吸った。

「さっき、うちの隊で預かっている新入りの―」
「悪いが、仕事が立て込んでいる。大した用で無いなら、今度にしろ」
総司の言葉を冷たく遮り、土方は視線すら向けずに言った。
そう言った割に煙管をくわえたまま、障子の隙間から覗く風景に視線を向けたままだ。

「仕事じゃなくて、句吟じゃ無いんですかぁ?」
「うるせェ!いいから出てけ!」
くすりと笑った総司に、土方は振り返って怒鳴りつけた。
怒鳴られる程に気を害す事だっただろうかと首を傾げながらも、
睨みつけられてはそれ以上居座るのも気が引け、総司は土方の部屋を後にした。





翌日、どこへ居てもやたらと視線を感じていた総司は、巡察から戻るとすぐに屯所を後にした。
居心地の悪さから、そこにいる気にはならなかったのだ。

「何か、いけない事したかなぁ…」
仕事は時折、稽古をさぼってはいるが他は真面目にやってるつもりだ。
一体、何故であろうか…

ぼんやりとそう思いながら壬生寺へ行くと、子供たちが駆け寄ってきた。
「あ、沖田はーん!」
「沖田はんや!」
「みんな、久し振りだね」
自分を取り巻いた子供たちの肩に手を置きながら、笑い返す。

その中にある女の子の姿を目に留めると、総司は手招きした。
「お春ちゃん、ちょっといいかな?」
そう言うと、周囲で聞き耳をたてていた子供たちは不満の声をあげる。
「お春だけー?」
「うちも行きたいわぁ」
不貞腐れた様に着物の裾を引っ張られるが、今日ばかりは連れて行く訳にもいかない。

「今日はお春ちゃんだけだけど、今度みんなで遊びに行きましょう」
穏やかにそう告げて頬笑むと、子供たちは押し黙った。
いい子ですね、と言いながら、総司は彼女の手を取って歩き出したのだが、その時、妙な視線を感じて振り返った。

そこには思い描いていた人物の姿は無かったが、その視線の主には確信に近い覚えがある。
一体、何故自分は彼に見張られているのだろうか…
不思議に思いながらも、それ以降も感じ続けている視線には意識を払わない事にした。



2人が訪れたのは、先日の長屋だった。
「すみませーん、沖田ですが…」
戸を開けて中を覗けば、すぐに親しみのこもった応えがある。

「先日の品を受け取りに来たのですが…」
「ほな、少々お待ちいただけますやろか」
総司が店主に頬笑んで返せば、隣にいた彼女は何事かと目をくりくりさせている。
説明をするため、総司はしゃがんで彼女の肩に両手を置いた。

「お春ちゃん、妹ができたでしょう?お春ちゃんと妹が元気に育つ様に、私からお祝いです」
そう言って、彼女の頭を撫でた。

実はお春の家では、昨年の暮れに妹となる子が生まれたのだが、彼女の母は無くなってしまった。
その事情を知り、更には母がいないという同じ状況を味わっていた総司は、
最近になって再び笑うようになってきた彼女を、励まそうと思ったのだった。

「沖田はん、こちらで間違いありまへんやろか」
主人は奥から持ち出した風呂敷包みを広げた。
中から出てきたのは、2体の人形。
「お雛様やぁ!」
「気に入ってくれたかな?」
「うん!でも、ほんまにええの?」
目を輝かせた彼女にやんわりと微笑むと、彼女は本当に嬉しそうに顔を崩した。

彼女の家の広さに比べれば、それは大きすぎる物かもしれない。
だが、万一お金に困った時には、その人形で多少のお金は工面できる様に…そう考えて選んだ品だった。
大きめのそれを彼女の暮らす長屋まで運んで行くと、もう外は日が暮れていた。

(早く帰らないと、土方さんまた不機嫌になっちゃうなぁ…)
稜線の向こう、微かに焼けた空を眺めながら、ぼんやりとそう思った。





屯所へ戻ると、何故か上機嫌の原田に出くわした。
「おぅ、総司!最近、女とはどうだ?上手くいってんのか?」
「あ、原田さん。何の話です…?」
「いやぁ、隠すこたねぇって!見たんだぜ?お前が長屋から出て来るのをさぁ…
 いやー、しかしお前が女に目覚めるとは、本当にオレも安心して―」
「ど、どういう事です!?」

全く身に覚えのない言葉を耳にした総司は、そこで噂の事を聞き、
漸く、隊士たちの妙な挙動や土方の怒りの理由を知ったのだった。

機嫌を直してもらう為にも、土方のところへ行かねばならない。
そう思ってすぐに土方の部屋へと向かえば、途中の廊下で山崎が立っていた。

「…信じていても、やはり不安になる時もあるでしょう」
「はい」
土方にあまり心配をかけるな、と含められた意を受けて、総司は頭を掻きながら笑ってみせた。
やはり、壬生寺から人形工房を出るまで感じていた視線や気配の主は、彼だったのだろう。

「それにしても、また職権乱用したんですか?あの人…いつも、お疲れ様です」
総司はそう言いながら、少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。

―この麗人は、癒しの力でも持っているのだろうか。
疲れてなどいないと言いたいところだが、この天真爛漫な人物の尾行は
周囲に子供を伴う事もあって、随分と難儀した。それによる疲労も軽いとは言えない。
だが、今のたった一言で、山崎は報われた様な気がした。

「では、駄々っ子をあやしに行ってきますね」
黙り込んでしまった山崎にそう告げると、総司は軽い足取りで副長室へと廊下を遠ざかって行った。

山崎は、彼の背中を見送りながら呟いた。
「あなたこそ…いつもお疲れ様です…」

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もう、何が言いたいのやら…纏まりないし、状況分かりにくくてすみません!(TдT)
当初は山崎さんのお仕事風景を描こうと思っていたので山崎視点にしていたのですが、意味不明になったので止めました。苦笑
いくら考えてもこの題名から他に作品のイメージ沸かないので、こんな滅茶苦茶ですがあげてしまう事にしました…はは。(笑えない)
(2006.3.6upload)