お疲れ様、ありがとう 土方ver. 


「おい歳さん、すっげぇ話があるんだよ!」

やたらと大きな足音が聞こえたかと思えば、乱暴に障子が開かれて大声で話しかけられ、
何事かと筆を休めて視線を移せば、そこには巡察から戻ってまだ羽織を着たままの原田がいた。
着替えもせずに急いで報告に来たらしい点は賞賛に値するが、文句を言いたい事が余りある。
俺は殊更に不機嫌そうな面持ちで、原田へ向き直った。

「副長、だ。早く巡察の報告をしろ」
「それどころじゃねぇんだよ!遂に出来たんだ…!」
大仰な手振りをしながら興奮を抑えきれぬ様子で述べる原田に、俺は溜め息交じりに聞き返してやる。

「何がだ」
「聞いて驚けよ〜。女が出来たんだ!」
主語の抜けた意味の通じぬ日本語を使うと、原田は無駄に胸を張ってみせた。

俺が言うのも可笑しいかもしれないが、原田はそれなりに美男子だ。
大雑把な性格だとか、人の話を聞かないだとか、そんな欠点を気に留めない・・・
と言うか、姿形を目当てとする類の女たちの中には、原田と添いたいと思う者も少なくないだろう。
だとすれば、原田に女が出来たところで、大した問題ではない。

・・・勿論、美貌で言うならば、俺と可愛い総司が同率一位であることに誰も異存はあるまい。

「よかったな。早く報告を―」
「それが、総司に出来たんだよ!女が!」
「そうかそうか。総司に女がな・・・良かったじゃね―――!?
 なにィ!?てめェ、適当な事言ってんじゃねェよ!」

危うく流されそうになったが、俺は聞き捨てならない言葉を耳を留め、虚言を吐いた原田を睨んだ。
俺の総司が、女と出来てる訳がないだろう・・・!!

「見たんだよ!長屋から出てくるのをさぁ!近くには女子供しかいなかったぜ?」
「いや・・・見間違いだろう」
日中の話だ。例えそこに女子供だけがいたとしても、総司を疑う理由にはならない。
「だけどな、俺の隊の奴も見てるんだぜ?総司まだ戻ってないんだろ?間違いねェよ」
「・・・・・・そうか。報告、ご苦労だった」

当然ながらそれを鵜呑みにする気は無いものの、よくよく考えてみれば、
煩いほど俺の部屋に入り浸っていた総司が最近はあまり来なくなっていた。
どうせ子供と遊んでいるのだろうと思っていたのだが・・・まさか、女を作っていたのだろうか。
だが、相変わらず非番の前日には自分との情交も欠かさずにいる総司に、まさかそんな事は無いだろう。

様々な思いが巡り、流石に黙ってじっとしている事が出来なくなった俺は、
原田を帰すとすぐさま、監察方の最も頼れる男を呼び出した。





日も落ち、夕餉を終えた頃、俺がぼんやりと煙管を咥えて外を眺めていると、
「土方さーん、ちょっといいですか?」
と、いつもの調子の総司が顔を覗かせた。

・・・こいつは一体、何を考えているのだろうか。
時折分からなくなる想い人に少なからず苛立ちを覚え、無言のままにいると、総司は俺の隣に座り込んだ。
まさか、どこぞに白粉なんぞつけているのではないか―
そんな不安に駆られた俺はちらりと総司を一瞥し、再び背を向けて煙管を吸った。

「さっき、うちの隊で預かっている新入りの―」
「悪いが、仕事が立て込んでいる。大した用で無いなら、今度にしろ」
総司が何かを話し始めたが、俺はそれがいずれ何らかの
言い訳になるのではないかと一抹の不安にかられ、無理矢理、会話を中断させた。

だが、別段俺には積もった仕事も無い。
総司の疑念の眼差しを痛いほど背中に受けながら、俺は平静を保って障子の隙間を見つめた。

「仕事じゃなくて、句吟じゃ無いんですかぁ?」
「うるせェ!いいから出てけ!」
言いながらくすりと笑った総司に、俺は振り返って怒鳴りつけた。
誰の所為で苛立っているのか、全く分からぬ様子でいる事にやたらと腹が立ち、無意識のうちに睨んでいた。
総司が寂しそうに部屋を去ったのを確認すると、俺は思わず溜め息を零した。





翌日、屯所内では―誰が吹聴したのか明白であるが―件(くだん)の噂が広まっていた。
伝わるうちに尾のついたそれのお陰で、当然ながら総司の動向に誰もが集中する事になる。
朝稽古から余りにも多くの視線にさらされたのだろう、総司は巡察を終えると、逃げるように屯所を出て行った。

それを見て取ると、俺は右手を軽く払い、総司を追うように指示を出した。
誰への合図か・・・それは言うまでも無く、優秀な監察に、だ。
彼に任せれば、事の次第が分かるはず・・・俺は全てを彼に任せる事にし、雑務の為に自室へと戻った。



夕刻になって、総司の尾行をさせていた監察方の山崎が戻ってきた。
どうやら、もう総司は帰途についているらしい。
「で、どうだった」
「はい。結論から言えば、沖田さんは人形の工房へ行っていたようです」
「・・・人形・・・?詳しく説明してくれ」
俺が事の顛末を伝えるように言うと、彼は大きく頷いた。

「沖田さんがよく面倒を見ている子供の中にお春という子がいるのですが、その母は年末に出産で命を落としています。
 生まれた妹は無事だったのですが、母を失ったことでお春は随分落ち込んでしまったそうです。
 それを不憫に思った沖田さんが、その姉妹に雛人形を贈ったということです。先程、彼女の家に届けたところです。
 ですので、先日原田さんが見かけたというのは、注文か何かをしに行った折の事かと」
「なるほどな・・・どうせあいつの事だ。余計な事でも思い出してんだろ・・・」

俺は一連の話を聞くと、思わず呟いた。
幼くして肉親を失う悲しみ・・・己の悲しみと彼女の悲しみを重ね合わせてしまったのだろう。

どう答えていいものか迷っているのだろうか、何も言わず頭を垂れている山崎の肩に俺は軽く触れた。
「ご苦労だった・・・ありがとう」
「・・い、いえ・・・失礼します」
一瞬目を見開いて見上げた山崎はすぐに平静を取り戻すと、静かに部屋を去っていった。
・・・俺が礼を言うのが、それほど珍しいのだろうか。
そう思って考えてみれば、確かに近藤さんや源さんいがいに礼を述べるのは久々だったことに気がつく。

「ガラにもねェな・・・」
呟きながら小さく笑うと、俺はすぐに顔を引き締めた。

・・・総司のやつに、ちゃんと弁解してもらわねぇとな・・・
いつも通り眉間に皺を寄せると、俺は再び文机に向き直った。

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聖也さんからリクいただいたので、書いてみましたーv 今度こそ山崎さんのお仕事風景を描こうと思っていたのに、気付いたら完全に土方視点。笑
しかも、土方さんが無駄に可愛らしくなってしまって…!鬼じゃないよ、こんなの!わざと眉間に皺を寄せてるなんて!!笑
(2006.3.28upload)