束の間の休息



明け方から降り始めた雨は、静まり返った薄暗い街中にその存在を響かせていた。
時が経つにつれてその勢いを増していくその音は、時に葉を滑り大きな雫となって異なる響きを残す。
それを聞きながら、恐らくはこうして楓の葉は地に落ちてしまうのだろう、と総司は遠くの山々に思いを馳せた。



「外ばっか見てんじゃねェ。冷えるだろ」
室内から聞こえた、不機嫌を隠そうとしない声に振り返ると、やはり不機嫌な表情をした部屋の主人がいた。
一体、何にそれほど苛立っているのだろうと気にはかかるものの、色々と思い当たることが多すぎて、
聞けば自分に八つ当たりするに違いないと思うと、口にするのも憚られた。

しかし、自分はまだこの部屋から庭を眺めていたい。
僅かながら生じた反抗心に、再び、少しばかり開いた障子へと向き直った。
天から滴るものは尽きる事がなく、そこに立つ木々を苛む様に風に乗って吹き付ける。
雨粒は自分がいる障子までは届かないものの、その前の縁側は水を吸って色を変えていた。

「おい、聞こえねェのかよ」
先程と同じく…いや、今度はまるで怒っているかの様な厳しい声が耳に届き、一瞬身を震わせてから小さくため息をつく。
自分には全く身に覚えが無いのだが、この様子ではまた理不尽な仕打ちを受けかねない。
万一そうなれば目の前の男に抗う術もないのだが、
それでもきちんと理由を聞かねば、自分をどうにかして納得させる事もかなわないだろう。

「ちゃんと聞こえてますって」
言いながら仕方なく障子を閉め、体ごと向き直ると、傍へ寄るように促された。
「雨の雰囲気もなかなか良いものですよ?…雨だから不機嫌なんですか?」
問われた土方は表情を変えぬまま、向かいに端座した彼に答えた。
「違う。それはお前だろう」
「不機嫌じゃありません」
「折角の紅葉狩りが…とかさっきまで駄々こねてたじゃねェか。まだ大して色付いてもいねェのによ」

そう言われた総司は恥ずかしさに少し俯いた。
確かに、今日は久々に2人の非番が合ったため、かねてから紅葉狩りに行こうと決めていたのだが、
運悪く雨に見舞われてしまったため、この部屋の主人を起こしにきた時につい愚痴を言ってしまったのだ。
―もっとも、この部屋から臨む雨の庭の美しさとその寂しげな雰囲気に、すぐ見入ってしまったのだが。

「じゃあ、私が愚痴をこぼしたから?」
「そんな事、気にするかよ」
その返事に、総司は一度起こした頭を再び俯かせた。

色付き始めたばかりの、まだ緑の多い木々を見に行きたいと言った自分にあまり乗り気ではなかったから、
土方としてはこの雨は恵みであると言えるのかもしれない。だとすれば、確かに雨の所為でも無いのだろう。
壬生狼と罵られるのはいつもの事で、今では雑務に追われるのも日常茶飯事だし、
一体、何が気に食わないのだろうかと昨日の土方の行動を考えだした時、とある人物が思い浮かんだ。

確か昨夜は、会合の後で偶然に江戸にいた頃からの悪友に会ったから
そのまま呑みに行くと、屯所で帰りを待つ自分の元へ平隊士が走らされてきたのだった。
総司に言わせれば土方とよく似た彼と、またくだらない意地の張り合いでもしていたのだろうか。

「昨日の夜、喧嘩でもしましたか?」
からかう様な口調で問うた総司は、次の瞬間、土方に芽生えた殺気に体を竦ませた。
恐ろしさから何とか逃げ出そうとしたのだが、思うように動けぬうちに右腕を掴まれてしまった。

「ひ、ひじかた…さん?」
引きつった笑みで顔色を伺うものの、今度はその心内を考えるのも恐ろしい笑みに背筋が凍りついた。
「…元はと言えば、お前が悪いんだぜ」
まさに地獄からの使者といった様子の土方は、その拘束から逃れようと
必死に手を引き剥がそうとしている総司の体を、容赦なく軽々と引き寄せる。

「な…!?どうして私の所為になるんですか!!」
もはや悲鳴に近い声をあげて総司は脱出を試みるが、離れるどころか、
胡坐をかいた土方の胸元まで引き寄せられ、そこに背中を預ける形で腰に両腕を絡められてしまった。
従う事には恐怖があり、総司は必死で己の薄い腹と腕の間に隙間を作るため、手を差し込もうとする。

「お前が二重契約したのが悪いんだ」
「はっ!?」
意味の全く分からぬ総司が首を後ろに倒して土方を見上げると、やはり苛立ちをそのまま現した視線が返ってきた。
慌てて頭を元に戻して思案する総司に、
「お前、あいつとも今日紅葉狩りする約束してたんだって?」
という言葉が降ってきた。
そこまで言われて漸く『二重契約』の意を汲み取ると、合点のいった総司はぺらぺらと語り始めた。

「ああ!そうなんですよー。折角こんな時期に上洛しているんだから、一緒に見られたらいいなって思って。
 土方さんと行く処で落ち合って3人で紅葉狩りすれば、土方さんも楽しいんじゃないかなって思ったから、
 誘っておいたんです。もうすぐ江戸に戻るから、時間があればと言っていたんですけど…」

一気に告げられたその言葉を一字一句残らず受けとめると、土方は「なるほどな…」と呟いた。
総司のことだ、どうせ2人には内緒にしておいて驚かせよう、とでも考えたに違いない。
最初は、近況を話したりくだらない事でからかい合ったり、お互いに翌日に思いを馳せて機嫌も良かったのだが、
どちらかが翌日は紅葉狩りに行くと言い出したその時から、微妙な雰囲気になった。
そしてその同伴者を聞いて一気に険悪になり、最終的にはどちらが総司と出掛けるのか口論になったのだ。
それを最初から3人で行くつもりだったとは…人騒がせなこと、この上ない。

当人はそんな事も露知らず、既に拘束から逃れようとしていた事は失念した様子で、
今日の雨を残念がって、また何やらぶつぶつと呟いている。
「あっ!雨だから今日は中止って連絡した方がいいでしょうか?」
振り返って思い出した様に問い掛けた総司に、土方は優しく微笑んで応えた。

「あいつだって馬鹿じゃねェ。こんなに風が強いんだから、行く訳が無いって事は分かるだろ」
「そう…ですよね」
少し不安そうに頷いた総司に大丈夫だ、と語り掛けながら、土方は内心でほくそ笑んでいた。
あいつならば―あの馬鹿ならば風も雨もものともせず、総司との待ち合わせ場所に来るに違いない、と。
彼と同様の立場であったなら、恐らく同じ行動をとるであろう自分の事は棚に上げて…。





結局、土方は総司と2人で部屋に籠もり、恐らくは紅葉狩りに行った場合よりも心休まる、幸せな時間を過ごした。
土砂降りの中、南禅寺で総司を待ち続けた彼は風邪をひき、数日間寝込んでしまった。

それを申し訳なく思った総司の配慮で後日、2人で紅葉狩りに行ったのだが、
お得意の職権乱用によって情報を得た土方が途中から割り込んだことは、言うまでもない。

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総司と2人っきりで過ごす休息は、邪魔が多いので、誰にとっても束の間になりがちなのです◎笑
あぁ…それにしても、遂にやってしまいました。『悪友』…伊○さん!出したくて仕方なかったので、ほんのり登場させました。
名前を伏せる意味、あったのかな。笑 そしてピスメファンの方、ごめんなさい。意味不明ですよね。えーと…今回の場合、
総司を好いてる土方のライバルがいるとでも思っていただければ!…アバウトすぎ?気になる方はメール下さい!逃
(2006.1.18upload)