…少しばかり、優しすぎる |
「それでは各々、目を通してもらいたい。そこに書かれている法度を、これからの組の規約とすることにした」
神妙な面持ちで、今や浪士組の局長となった近藤さんは言った。 その向かいにいる、助勤に任命された私を含めた数名は、 言われるままに手元に置かれていた文を広げ、その内容に目を通した。 一、士道ニ背キ間敷事 一、局ヲ脱スルヲ許サズ 一、勝手ニ金策ヲ致ス可カラズ 一、勝手ニ訴訟取リ扱ウ可カラズ 一、私ノ闘争ヲ許サズ これは烏合の衆である浪士組を束ねるためには当然あるべき決まりであって、 私はそれを妥当だと思ったのだが、どうやら、それに異を唱えようとする人が大半であったらしく、 諾と思っているとは感じられない、重い雰囲気が部屋に満ちた。 しかし、誰一人として反論を口にできずにいる。 その沈黙を破ったのは、山南さんだ。 副長と言えど、彼もこれを知ったのは今日のことであったらしい。 「…この二つ目の取り決めは、どうかと思うのだが」 「どう、とは?」 土方さんは睨むような視線を山南さんに送ったが、彼は平然とそれを受け流し、続けた。 「浪士組を抜けることに罰則があるのは、どうにも腑に落ちない」 「俺たちの最優先課題は、頭数を増やすことだ。市中の見回りを強化するために、出自を問わず採用している。 そんな烏合の衆である浪士組を纏めるためには、必要なことだ」 土方さんが苛立ちを隠さぬまま口早にそう告げると、流石の山南さんも押し黙り、 それを見た永倉さんも口を開こうとしたが、言葉は続かなかった。 「…すみません、一ついいですか?」 再び沈黙が訪れそうになった時、今度は私が口を開いた。 すると近藤さんは大きく頷いて、私に続きを促す。 「この法度に背くと、どうなるのでしょうか?」 恐らく、山南さんの言はこの件の如何によっては大したことでは無くなるのではないだろうか。 私が口にした、誰もが聞きたかったであろう問題を聞くと、 近藤さんと土方さんは顔を見合わせて小さく頷き合い、土方さんが私たちを見渡しながら告げた。 「その法度の最後に、こう付け足す。 『右条々相背ク候者ハ、切腹申付ベク候也』とな」 その一言で、周囲がざわめいた。 質問をした私でさえ、まさか罰則が切腹だとは思わなかったから少し驚いてしまった。 勿論、浪士組を抜けるつもりなど毛頭無いから、関係ないのだけれど… 「いくら何でも、切腹は厳しすぎるんじゃねーの?」 「そうそう!それぞれの事情があるんだし」 原田さんと永倉さんも次々に文句を連ねるが、土方さんの硬い表情はそのまま…と言うより、 それまでよりも厳しくなった。眉間の皺も、これ以上無いくらい深くできている。 しかし、二人の発言によって勢いを持ったらしい助勤たちは次々に同意の言葉を発する。 そのうち怒鳴るかも、などと思いながら、私はそ知らぬ顔で明後日の方向を見やった。 「―局長。それは、土方副長が決めたことですか?」 「いや、土方と私で決めたことだ」 「…そうですか」 最後に山南さんがそう問い掛け、それに近藤さんが応じると反論の声は止んだ。 こういった場では、近藤さんは土方さんのことをトシとは呼ばないし、土方さんも勝っちゃんとは呼ばない。 2人の間でそう決めたらしいから、私は何を言うつもりも無いのだけれど… 正直、少し寂しい。誰よりも優しい2人が、誰よりも厳しくあろうとしていることが、寂しい。 そんなことを考えているうちに、気がつけば話し合いは終わっていた。 それから壬生寺に行って、遊ぶ約束をしていた子供たちとかくれんぼをしてから自室に戻ると、 藤堂さんと永倉さんと原田さんが何故か部屋の中央で円を組んで何やら話し込んでいた。 「お、総司!邪魔してるぞ!」 「いやー、悪いね!」 「いいえ、どうぞ」 そう言い返しながら、隅に追いやられている部屋の主の隣に腰を下ろした。 「…あんたに、伝えて欲しいらしい」 精神統一でもしているのだろうか、目を閉じて黙り込んでいた斉藤さんが不意に声を掛けてきた。 それに驚いた私が斉藤さんの顔を覗き込むと、彼は顎をしゃくって3人を示した。 そこで、私も目を閉じて聞き耳をたててみると…どうやら彼らは今回の法度に関して愚痴を言っているらしい。 土方さんに伝えて欲しいからこの部屋にいたのだと気付いた私は、隣の斉藤さんに聞いてみる。 「斉藤さんも、厳しすぎると思いますか?」 「2人がそう決めたのなら、それでいい」 あんたも同じだろう、と目で訴えてきた斉藤さんに私は笑顔で返した。 勿論、彼と同じで、2人が決めたのならばそれに対して意義を唱えるつもりはない。 「だが…」 「だが?」 「山南さんを抜いて2人で決めてしまった事は、少しまずかったかもしれん」 斉藤さんがぼそっとそう呟くと、談議していた3人は一斉に振り返り、次いで体を向き直した。 それに驚いた私は、一瞬肩を震わせて彼らを見つめる。 「だよな、一!」 「いやー、話の分かる男だね!」 「じゃあ総司、それも含めて副長に伝えてきてヨ!」 詰め寄ってきた彼らは、役割分担でも出来ているのだろうか、流れるようにまくし立てた。 だが、局長・副長の意見に賛同している私が言ったところで意味は無いだろうと思い、 斉藤さんに助けを求めて見上げてみたが、彼は同情の意を込めた視線を送ってくるばかりだった。 私は小さく溜め息をつくと、 「じゃあ伝えておきますけど、期待しないで下さいね」 と告げて部屋から逃げ出した。 「土方さん、ちょっといいですか?」 廊下から言いながら障子にかけた手を引くと、文机に向かった土方さんが背中で邪魔だと訴えていたが、 それを無視して部屋へと入り、その背中に向かって端座する。 「今、忙しいんだが」 「分かってますよ」 そのまま黙って座っていると、やがて大げさな溜め息をついて、土方さんは筆を休めた。 振り返った顔に相変わらず皺の寄った眉間を見つけて、私は微笑んで自分の眉間を差した。 そんな私を見た彼は少し表情を緩めて、傍へ来るように促した。 言われるまま隣に座ってその体に頭を預けると、土方さんの腕が私の肩を抱き寄せた。 しばらく黙ったまま瞳を閉じて、その温もりと心地よさに身を委ねていると、彼は本当に小さな声で呟いた。 「昨日、松平公から、浪士組の新しい名前を戴いた」 「…そうだったんですか」 まだ公けの場では耳にしていないから、恐らく殆どの者は知らないだろう。 「だから、厳しい法度を考えたのですか?」 私は瞳を閉じたままだったけれど、その言葉に土方さんが頷いたのが分かった。 恐れ多くも会津候から立派な名を拝命したから、それに見合った組になって働き、その恩を返さねばならない。 その為に、まずはしっかりと統率しなければ、とでも考えたのだろう。 実のところを言えば、これまで局長を務めてきた芹沢さんの葬儀を終えたばかりのこの時期に、 どうして法度や厳しい処罰を定めたのか、どうして変革を求めるのか、疑問に思っていた。 そんなことをすれば、暗殺を企てたのが近藤一派だということが気付かれてしまうのではないか、と。 だが、この事情を聞けば大部分の者は納得するに違いない。 なぜその拝命した浪士組の名前をすぐに公表しないのか不思議に思ったが、自分から聞くつもりは無い。 私がそのまま黙っていると、また土方さんは呟いた。 「俺は、厳しすぎるか…?」 「あなたは間違っていませんよ。少し厳しい位の隊規がなければ、覚悟の足りない人材ばかり集まってしまいますから」 殊更冷たい口調でそう言うと、私は体を起こして向きを変え、土方さんの首に両手を伸ばした。 「…それより、少しだけ休みませんか?」 「お前から誘われるとは、珍しいな」 私は何も言わずにただ微笑んで、彼の唇に己のそれを軽く重ねた。 土方さんは、離れようとした私の頭の後ろに手を差し込むと強く引き寄せ、口腔を貪った。 それからゆっくりと私を寝かせると、帯に手をかけながら耳元で囁いた。 「慰めに来たのか?…お前は、優しすぎるな」 ―そんなことは無い。 私はあなたの為ならば、何のためらいも無く人を殺めるだろうし、後悔などしないでしょう。 定めた法度が厳しすぎたかと、一人思い悩むなんて…あなたの方が、ずっと優しい― そう思ったけれど、言葉にはできなかった。 |
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局中法度成立時期は文久3年9月説を採用、法度の言い回しはピスメに合わせました。 と言うか、とんでもなく纏まりのない話ですみません…!色んな人を書こうと思ったら、こんな事になってしまいました。 気がついたら、総司誘っちゃってるし!私がびっくりしました◎笑 …お題のネタに沿えてない気がする…苦笑 (2006.1.14up) |