私より、一日でも永く生きて


淡く、美しく咲き乱れる桜。
太い枝に持たれた見事な花束を見ていると、同じ色をした動物が彷彿された。
京都の屯所で飼育していた豚の中で、とりわけ可愛がっていたあの一匹。

「ねぇ、土方さん…サイゾーは、元気にしてるのかな…」
「…さぁな」



千駄ケ谷の私の療養先を珍しく訪れた土方さんは、先刻から黙したままだった。
私は布団に座って、土方さんはその隣に胡坐をかいて、2人で静かに庭先の桜を眺めている。
私の答えようもない問い掛けに漸く口を開いてくれたけれど、それも結局一言だけ。
それがとてもあなたらしいと思うけれど、今日は少し物足りない。

勿論、会話の無いままに穏やかに過ごす時間は好き。
今では話し続ける事さえ難儀するようになってしまった私を、無言の空間は隠してくれる。忘れさせてくれる。

―でも、今日はあなたの声をもっと聞いていたいんです。
  もうすぐ遠くへ行ってしまうであろうあなたの言葉を、声を、しっかりと記憶に刻みたいんです。

「何か、話して下さいよ」
「綺麗だな、桜が…」
桜を見上げながら放たれたその一言に、私は彼を見つめて微笑んだ。
そんな言葉でも同じものを目にしている事が実感できて嬉しい。
…彼を守らなくちゃいけないのに、側にいるだけで幸せなんて、いけないと分かっているつもりだけれど。



時々口を開いたかと思えばそんな会話で。
このまま気付かない振りをしていれば、きっと何も告げずに旅立ってしまうのだろう、
そう思うと、自分からその話題を切り出していた。

「戦に、行くのでしょう?」
「…ああ」
土方さんは少し驚いた様子で私を見た。
思うこと全てを話して欲しいし、自分も伝えておきたい…そう思い、追い討ちをかける様に言葉を続けた。

「近藤さんの、代わりに…新選組を引っ張っていくんですね」
「!!―お前、知って…!?」
土方さんは私に知らせまいとしていた様だけれど、近藤さんが捕えられた事は既に知っていた。
自分の潜伏している江戸の中心地では、最近はその噂で持ちきりらしく、
私が新選組の沖田とは知らない世話役の老婆が教えてくれたのだった。

土方さんの驚きと辛そうな思いの混じった表情を真っ直ぐに見つめる。
彼の視線もまた私に向けられているけれど、いつまで経っても私の問いへの答えは無かった。
仕方なしに私は、布団の中に隠していた短刀を取り出す。

「これを、持って行って下さい」
「…何のつもりだ」
言いながら、土方さんに短刀を差し出すが、それを受け取ろうとはせずに、低く震えた声でいらえが返される。
…恐らく、怒りの為に震えているのだろう。

怒りの所以も分かるけれど、今回ばかりは譲れなかった。
「あなたに従う事のできない、私の代わりに…どうか、私より一日でも永く、生きてください」
「お前、もう共に生きる気はねェって言いたいのか!?」
土方さんは怒りに任せて、私の手首を強く掴み取った。
きつく閉められた手首は激痛を訴えるけれど、ここで引く訳にはいかない。

「違う!」
「どこが違う!?それじゃまるで、形見みてェじゃねェか!!」
「ならば、ついて行けない悔しさが、守ることのできない悔しさが、あなたに、分かりますか!?」
私は思わず怒鳴り返し、大きく息を吸い込んだ反動で激しく咳込む。
その咳に一気に冷静さを取り戻した土方さんは、慌てて私の背を撫でて抱いてくれた。

少しの血を伴う咳が納まると、まだ鎮まりきらぬ気持ちのまま見上げた。
土方さんは、私の手元の血を見て痛ましい表情を隠さずにいる。

「あなたが、持っていて、くれたら…少しは、役に、立てている気が、するんです…」
「総司…!」
必死に言葉を紡ぐものの、途切れがちで呟く様になってしまった。
そんな言の葉を残さず拾ってくれた土方さんは、私を強く抱き締めた。

後ろで腕を交差したうえで、彼の両手が私の腕をがっしりと掴む。
…以前は、そこまで手が届かなかった筈だ。
彼に包まれるのは好きだけれど、その度に痩せていく自分を自覚させられてきた気がする。

「あなたには…未来が、あります。信頼できる人たちが、います―」
―だから、前だけを見据えて走り続けて。

伝えようとした言葉は更に強められた土方さんの戒めに遮られたけれど、きっと伝わった。
受け止めて、私の思いも一緒に連れて行ってくれると確信している。



しばらくの間、私たちは抱き合ったまま黙り込んでいた。
私は思いのたけを伝えられた事に安堵していたのだけれど、土方さんはまた辛そうな顔をしていたのだろう。

「早く、帰って来いよ」
土方さんは突然、そんな私の頭上に囁く様に言葉を落とした。
「お前の居場所も未来も、俺の隣にある」

驚いて見上げようとすると腕が僅かに緩められ、すぐに口を吸われてしまった。
…病をうつしたくないから、江戸に戻ってきてからはうまく拒んでいたというのに。
口付けを拒めなかったことを悔やみつつも、土方さんがくれた言葉と触れ合った事に幸せを感じずにはいられなかった。

―あなたの隣に私の未来があると言うのならば、この命が果てたその時には、
  あなたの呼び声を頼りに天空という海原を駆けて行こう…そして、いつまでも、そばに…

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土方さんが、近藤さんの助命嘆願に江戸に潜伏していた時の設定です。総司との今生の別れは、お題1の『最後のキス』で書きたいと思います。
これも何となく、最後っぽい話ですけどね。今回は2人の複雑な心境を描きたかったんですが…自分の中でもまとまりきらなかった…!泣
どうしても総司の病を受け入れきれない土方さんと、自分がいなくても土方が進んで行ける様にと自分がいなくなった後のことを気遣う総司の
気持ちの行き違い。お互いの本音は一緒にいたいってコトだけれど、叶わぬと知っているから逆に言い出せなくて、でも本当は言って欲しくて…
考えれば考えるほど、まとまらなくなってきます…えーん。
(2005.12.7upload)